第七話:上半身裸を満喫する公爵令嬢ではない……ないですよ!
翌日、エルの狩りはお休み。
でも朝寝坊することなく、きちんといつもの時間に起き、体を鍛え、剣術の練習をしているところは……実に素晴らしい! しかも自室から始まり、厨房とダイニングルーム、浴室、リビングルームから私の部屋まで、掃除もしてくれるのだ!
さらにサンドイッチの昼食を終えると、薪割りを始める。
この薪割り、初夏のこの季節、作業をしていると汗をかく。
ゆえにエルは「お見苦しいかもしれませんが、その……シャツを脱いで作業してもいいでしょうか?」と言うのだけど……。
ここで「え、無理です」という返事はない。
なぜなら、エルは私の護衛騎士なのだ。
普段はきっちり首までシャツのボタンをとめているし、着やせするタイプなのだと思うが、おそらく筋肉はしっかりついているはず。つまり脱いだら「おおおっ!」と唸りたくなる姿をしていると思うのだ。
よって「今の季節は暑いから、構わないわよ。私はチェリーのタルトを焼くから、気にしないで」と言い、厨房に戻るが……。その厨房の窓から、薪割りをするエルの姿はしっかり見えるのだ!
ということで、ウィスタリア色のワンピースにエプロンをつけると、チェリータルトを作り始める。だが同時にエルの様子を確認すると……。
「!」と驚くことになる。
シャツを脱ぎ、ズボン姿で薪割りを始めたエル。
それは想像通りで「脱いだらすごい」なのだけど……。
その筋肉のつき方は、何と言うかアスリートなのだ!
ムキムキのボディビルダーというわけではなく。
日々の修練で贅肉がなく、代わりにきっちり筋肉がついているという感じ。
筋肉フェチというわけではないが、見応えがある。
前世でマッスルかき氷が話題になったが、その理由がなんとなく理解できてしまう。
筋肉&かき氷という発想に、面白さや奇抜性という一面は間違いなくある。しかし筋肉というのは、男女共に一定の支持を得やすい。そもそも筋肉は昨日今日のがんばりでつくものではない。日々の厳しいトレーニング、自己管理から得られるものなのだ。
同じ男性からすると「たゆまぬ努力の結果」と映り、尊敬と憧れにつながる。同時に、いい意味で刺激を受け、自身の肉体改善のモチベーションにもつながるのではないか。一方の女性からすると、健康美を感じ、「守ってもらえそう」という頼もしさを想起させる。
こう言った理由から、エルのようなアスリート筋肉はつい見てしまうと思うのだ。
そんなことを思うのと同時に。
斧を振り上げ、薪を割るエルを見て、しみじみ思う。
この世界、女性が一人で生きて行くのはなかなか大変だと。
勿論、私は上級魔法を使えるから、いざとなれば魔法でどうとでもできる。だが魔法を使えないとなると、薪割りを含め、入浴の準備も洗濯も。とにかく肉体労働なのだ。
最初は、しばらくの間、一人で隣国で生きて行くと思っていた。
自由を謳歌できると。
でも実際、この屋敷で生活を初めて思うのは、エルが一緒で良かったということだ。
それはエルが狩りが得意で、肉体労働を厭わずにやってくれるだけではない。一日三度の食事がエルと一緒だと、楽しくてならないのだ……!
やはり「美味しい」と思った気持ちを分かちあえるところが大きい。
SNSで料理やスイーツの投稿が多いのも、この心理の影響が大きいのではと思っている。美味しいという感動、食べ物の美しい見た目を分かち合いたい、共感して欲しいという気持ちだ。
こうして私は健康美満点のエルの筋肉を眺めながら、チェリータルトを焼き上げる。……決して護衛騎士の上半身裸を満喫する公爵令嬢ではない……ないですよ、たまたま目に入るだけです!
「エル、お茶にしましょう! チェリータルトが焼けたわ!」
「! 待っていました。先程から甘い香りが漂い……。水浴びをして、すぐに向かいます」
水浴びをしてさっぱりとしたエルが戻ると、共にチェリータルトを食べる。
「これは……公爵邸のパティシエが作るタルトと変わらないレベルで美味しいです……!」
この世界のチェリーは厚みもあり、歯ごたえもあり、何より大変甘いのだ。
これをタルトにするのは大正解。
タルト生地、クリーム、そしてチェリーが口の中で三位一体となった時、大変ジューシーで甘く、幸せな気持ちで満たされる。
エルもニコニコとタルトを平らげ、満足そうな表情で私に尋ねた。
「お嬢様。薪割りはもうこれでいいと思うので、この後は何かすることはありますか?」
「そうね。洗濯物を取り込んで、畳むのが終わったら……。晩御飯の準備を始めようかしら」
「! お嬢様、今晩は……」
期待を込めた瞳で、エルが私を見た。
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次話は12時頃公開予定です~