第六十九話:太陽の陽射しがスーッと翳った
大切な家族と思っているエルを置いて、洋上でディナーなんかを楽しんでいたからか。
思いがけない出来事が起きる。
私達と一緒に談笑しながらサンドイッチを食べていたクルスが、ハッとした様子で水平線の一点を見つめた。
まだ日没には早いが、太陽は低い位置に移動していた。
だがその太陽の陽射しがスーッと翳ったのだ。
クルスの視線が海面に注がれる。
穏やかだった海風に、少し冷たさを感じた。
水面の揺れをクルスは見ながら、全身で何かを感じ取ろうとしている様子が伝わってくる。
「クルスさん、どうしたのですか?」
ピアが無邪気に尋ねるが、クルスの表情は真剣そのものだった。
「湿度が……上がってきている。それに太陽を隠した雲。ひと雨来るかもしれないな。夏の夕立。時間としては短いはず。ただ、打ち付ける雨風は激しいかもしれない」
クルスは空や風、波の状態を確認しつつ、帆を畳む準備を始める。
「ピアちゃん。悪いけど、ディナータイムは終了だ。バスケットを持ち、そのまま船内に入ってもらえるかな」
そう言いながら、クルスはてきぱきと動き、荷物の固定なども始めた。さらに「ライフジャケットがあるから、身に着けて」とピアと私の分を渡してくれる。
「軽いわ」
「中にコルク片が詰められているからね」
これには「なるほど」と思いながら、まずはピアにライフジャケットを着せ、次に自分も装備する。
準備が出来たと思った時。
ドドンと轟くような音が聞こえ「きゃあ」とピアが悲鳴を上げた。同時に冷たい風が吹いたと思ったら、バチバチバチと音がする。
それが雨が打ち付ける音とは思わず、驚くが、一気に辺りが暗くなり、海面に打ち付ける雨音も聞こえたてきた。
「二人とも、早く、船内へ」
「はいっ」
船内に入る途中の階段にいたが、まさに下へ降りようとした時。
ビシャッと頭から水を被り、ビックリすると、ピアが「しょっぱい!」と叫ぶ。
そこで波がかかったのだと理解する。
さっきまで穏やかで静かな海だったのに!
この急変には――。
そこでヨットが大きく揺れ、ピアと一緒に悲鳴を上げることになる。
船体に体が打ちつけられたが、すぐそばにあった手すりを必死につかみ、もう一方の手でピアを掴む。
掴んだピアを抱き寄せようとすると、今度は激しく反対に傾く。
「ピア!」
「フェリスお姉……」
再びの海水の侵入。
そこからは海の上で遭遇する天気の急変に、人間はいかに無力かを実感することになる。
大型客船ではなく、小型のヨット。海からしたら、ヨットなんて枯れ葉に過ぎないのでは!?
「ピア、そっちの手すりに掴まって」
「うん」
なんとかピアも反対側の手すりに掴まり、揺れに耐えようとするが、激しさを増すばかり。しかもドドン、ドドンと雷鳴も轟いている。
そこでクルスの声が聞こえたと思ったら、船内に続く階段の上の扉を閉めようしてくれている姿が見えた。
あまりにも急だったので、扉を閉めることができていなかったのだ。
だがさしものクルスでも、この揺れではなかなか扉を閉めることができない。
そう思った時。
彼の唇がゆっくり動くのが見えた。
呪文を唱えている……!
驚いた。
クルスもまた魔法を使えるなんて。
そう感動するのと、扉が閉まるのと、その隙間からクルスに向けて巨大な波が当たるのが同時に見えた。
「!? クルス!」
バンと扉が閉じられた。
「どうしたの、フェリスお姉さん?」
「クルス……クルスさんが波に呑まれたかもしれないわ……」
「えええっ!」
心臓が早鐘を打っていた。
船内は今も激しく揺れている。この状況だと海だって大変なことになっているはず。
もし海に落ちていたら……。
最後に見たクルスの姿を思い出す。
ライフジャケットは着ていた。
さらに彼は魔法を使える。しかもこの揺れの中、扉を閉めたのだから、相当強い魔法を使ったはずだ。
ならば万一、海に落ちても大丈夫……?
このままここで待っていればいいの……?
正解が分からない。
ただここで待つだけでいいのか。
それは不安でしかない。
落ち着いて。
船内から出て、ピアと転移魔法でマリーナに戻る。
マリーナからこの船に戻ることは……。
無理だ。
これだけ揺れている船に、ピンポイントで転移魔法で戻るのは難しい。予想位置から大幅にずれた場合、海に落下してしまう。
まずはクルスが無事なのか。
せめてその確認をしないと……。
でもピアは……。
「フェリスお姉さん、クルスさんは!? 無事なの!?」
「……確認してみるわ。私は一度甲板に出るけど、ピアはここで待てる?」
「分かった。ここで待つ」
ピアが冷静でよかった。ここで「置いて行かないで!」となったら大変なことになっていた。
しかし安堵できたのは束の間のこと。揺れる船内で、階段をのぼり、扉を開けなければならない。
魔法を使い、扉の様子を確認する。
どうやら閉じると同時にロックがかかるだけで、魔法は使われていないと分かった。そこでなんとか階段をのぼり、落ちないように注意しながら、扉を開ける。
風魔法で急に閉じないようにしながら、ゆっくり体を甲板の方へと移動させた。
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