第六十七話:お嬢様……(涙)
クルスが持っているヨットに乗せてもらう。
ピアはそれが楽しみでならないという表情をしている。
そんなピアを見て「ダメよ、よく知らない人なのに」とは言えない。
言えないし、よく知らない人ではあるが、クルスが悪人に見えるかと言うと……。見えなかった。
チラッとエルを見ると「困った」という表情をしている。
きっと私と同じなのだろう。
ここは私がクルスに尋ねることにした。
「ヨットをお持ちなんですね。この町へ来たばかりなのに、どうしてヨットを?」
「ヨットでこの町へ来たんだ」
「! なるほど。そのヨットにはピアだけではなく、エルや私も乗せていただくことはできるんですか?」
「勿論。そのつもりで声を掛けたんだ。この後、片付けがあるんだろう? それが終わった頃に、声を掛けるよ。サンセットをみんなで楽しみ、食事でもどうかな」
これには「なるほど!」だった。
確かにピアは自身と二人きりでヨットに乗ろうと誘われたとは言っていない。
クルスはみんなで水平線に沈む夕陽を楽しみ、晩御飯を食べることを提案してくれただけだった。
ならば答えは一択。
「ありがとうございます。ぜひそうしましょう!」
「本当は片づけ、手伝いところだけど、僕も身支度を整えないとね」
フルーツを切ったり、配ったりしているのだ。
上半身裸なのは、筋肉自慢というわけではなく、単純に果汁で服が汚れるからだと理解した。そして実際、クルスの上半身は甘い香りに包まれている。
その肌に口づけたら、甘酸っぱくジューシーな香りがするのかしら……と考えてしまうが。
やばい、これは脳内セクハラ……と反省することになる。
「どうしましたか?」
「い、いえ。なんでも。では後ほど」
こうして一旦、クルスとは分かれ、後片付けとなった。
ピアにはこの時間を使い、読み書き計算をやるよう伝え、エルと私で後片付けをする。
その後付けをしていると、エルがこんなことをぼやく。
「お嬢様はあのクルスの上半身をものすご~くじっと見ていませんでしたか?」
「! そ、そんなことはないわよ!」
「そうでしょうか……」
エルが上目遣いで恨めしそうに見るので、ここはたじたじになってしまう。
何とか誤魔化し、片づけを終え、ピアの勉強の成果を確認。
その間にエルは手早く売り上げ計算をしてくれる。
やはりエルはとても器用で、こういった計算もなんなくできる優秀な護衛騎士だった。
「ねえ、フェリスお姉さん、全部満点だったでしょう。これから夕陽見に行くの、おしゃれしたい!」
「いいわよ。じゃあ髪をアップにして、ブーゲンビリアの花を飾りましょうか」
「わあ、いいと思う。そうして~!」
こうしておしゃれをせがむピアを見ると、クルスのことをかなり気に入っている様子が伝わってくる。でもピアの気持ちはよく分かってしまう。クルスは本当にイケメン映画俳優のようでカッコいいのだ。しかも人懐っこく、笑顔も爽やか。サンセットを見ようと観光客の令嬢に声を掛ければ、いくらでもついてくるだろうに。ナンパはしない。モテるだろうに性格は真面目に思える。
「できたわよ。鏡、見る?」
「うん。見たい!」
ロングスカートにいれていた手鏡を渡すと、ピアは髪型を確認し「わ~可愛い」と喜んでいる。
「エル、一旦撤収して、戻って来ましょう」
振り返ってエルを見て、「おや?」と思う。
ホワイトブロンドの髪を無造作にかきあげた直後だからなのか。
なんだか髪の様子が少しワイルドになっている。
さらによく見ると、着ているシャツのボタンが二つほど外されており……。
綺麗な鎖骨のラインが見え、きちんと鍛えられた胸筋も見えていた。
クルスに負けず劣らずで、エルも素敵な筋肉の持ち主である。
でも不思議なのはクルスの上半身裸はとてもセクシーに見えた。
異性であると、男性であることを感じたのだ。
だがエルは……。
この感覚はどう表現すればいいのだろう。
これはまるで……。
「エル」
「は、はいっ、お嬢様」
何だか照れた様子でエルが私を見た。
一方のエルに近づいた私は、シャツの身ごろをつかみ、そのままボタンを留める。
「シャツのボタンが外れているわ。緩くなっているのかしら? そんなことないわよね? 買ったばかりなのに」
「お嬢様……」
エルが眉を八の字にして、困ったような顔をしている。
まったく。
どこか抜けた弟みたいで、憎めないのよね。愛い!
「大丈夫よ、エル。ちゃんと留めたから」
一番上のボタンまでしっかり留めたので、これでもう大丈夫だろう。
「お嬢様、これですと暑いですし、首もきついので、一番上のボタンは外してもいいですか(涙)!?」
「仕方ないわね。でもこれからクルスさんのヨットに乗せてもらうのだから、ボタンが外れていないか注意するのよ。身だしなみはきちんとしないと」
「はい……」
何はともあれ、一旦撤収し、幌馬車に調理道具をしまう。
それが終わると身軽な状態で広場へと戻る。
するとそこには、濃紺のシャツに白のズボン姿のクルスが女性たちに囲まれ、待っていた。
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