第六十四話:既にこの身と心はお嬢様に――。
「家も店舗も用意するから、この町へ残ればいいのに!」
「そうだ。俺達は仲間なのに!」
「行かないでくれよ~。寂しいぜ~」
翌日。
出発のための準備をしていると、昨晩のみんなが集まり、懸命に引き留めをしてくれる。
その言葉にエルもピアも感動しているが、二人とも私に何か言うことはない。
だが心の中ではここに残りたいと思っているはずだ。それが分かってしまうと、二人をこの先の旅に付き合わせることが、本当に正解なのかとも思えてしまう。
ジョーンズ教授に町へ残ることを提案された時。その時はまだピアとも知り合ったばかりで、彼女の面倒は私がこれからみなければならないという気持ちが強かった。
しかし今は、ピアがどれだけしっかりしているかも分かっている。既につけ麺にしろ、冷やし中華にしろ、作り方は覚えている。しかも読み書き計算の呑み込みもとても早かった。
保護者となる人物が一緒なら、ピアは私がいなくても……。
その保護者に最適な人物はすぐそばにいる。
エルだ。
ピアとエル。
この二人が町に残るなら……。
だがそこで思い出す。
エルに対し、「私について来て」と命じてしまっている。
私について来るのは命令……になっているのではないか、エルにとっては。
そこで皆から離れ、幌馬車にトランクを積み込むエルについ聞いてしまう。
「エル。みんなここまで言ってくれるのよ。この地に残るというのも一つの選択肢だと思うの」
「! それは……そうだと思います!」
エルの顔がぱあっと輝く。
やはりそうなんだ。
本心ではここに残りたいんだわ。
「そうしたらエルとピアでここに残らない? 二人でなら十分につけ麵だろうと冷やし中華だろうと。やっていけると思うの」
「!? お嬢様、それはどういうことですか!?」
「つまりここから先の旅は、私が一人で続けるわ。エルとピアは」
そこでぐいっとエルが私の腕を掴んだ。
そして久々に見るエルのうるうるの瞳。
「今さら自分のことを捨てるなんて、許容できません! 自分の身と心は、既にお嬢様に捧げると誓ったのです。なかったことにはできません!」
「エル……」
「残るなら一緒に残りましょう、お嬢様。お嬢様が旅を続けるなら、自分はどこまでもついて行きます」
遠慮しながらではあるが、ゆっくり伸びたエルの手が私の頬にそっと触れる。
「自分如きがこんなことを言っていいのか。でも……何度もいろいろな人から言われ、夢想してしまいます。現実では年齢的にあり得ないことです。ですがもしもお嬢様と自分とピアが、本当にかぞ」
「おはようございます! こちらにいらしたのですね!」
ニコニコと笑顔で現れたシャインが、両腕を広げ、エルと私を同時に抱きしめる。
「本当に残念です。旅立たれてしまうのは! ですが皆さんであれば問題なく、次の町でも成功すると思いますよ。しばらくは休憩所ですが、その先にある宿場町はまさに海沿い。南国らしさを感じられる町ですからね!」
そこでさりげなくエルの手を私から外したシャインは、そのままエルにぎゅっと抱きつく……ハグの域を超えていた。
「エルさん、あなたは本当は騎士ですよね! こんな素晴らしい主をお持ちなエルさんは、さぞかし崇高な精神をお持ちのことでしょう。何よりも名誉を重んじるのですから。フェリスさんの立場を鑑み、誠心誠意、心からお仕えしてくださいね!」
「は、はいっ……!」
シャインにぎゅうぎゅう抱きしめられているエルは、息も絶え絶えで返事をしている。
中性的に見えるシャインであるが、本気で力を出すと、騎士として鍛えているエルでも驚くような力を発揮できるようだ。
「では忠誠心のある立派な騎士として、フェリスさんをよろしくお願いしますね!」
最後はバンと背中をはたかれ、エルがよろめいていた。
エルがよろめくって!と驚く私に向き合ったシャインは、今度は私にハグをする。
これはエルのようにぎゅうぎゅうされるのかと思ったが……。
ふわりと優しい風のように、その胸の中に包まれる。
それは何だか癒しであり、ついその胸に身を寄せてしまう。
「大丈夫ですよ、フェリスさん。あなたの不安はやがてなくなります」
そこで両手で私の頬を今度はふわっと包み込み、シャインは聖母のように微笑む。
「旅の終わりは近いでしょう。でもそれは新たな始まりにつながるはずです。それまでは前進あるのみですよ、フェリスさん」
そう言うとシャインは祝福のキスを額へしてくれる。
旅の加護を与えられたようで、とても心が満たされた。
「あー、シャインさん! 私にも祝福して~!」
シャインからプレゼントされた絵を大事そうに抱え、ピアがこちらへと駆けてくる。
「勿論ですよ、ピアさん」
少し屈んだシャインに、祝福のキスを額にもらったピアは、ぽ~っと頬を赤らめている。
その様子は実に愛らしい。
「ピアのその絵を積んだら完了ですね。お嬢様、出発できます」
「フェリスお姉さん、行こう! 次の休憩所はそこまで遠くないから、お昼営業でいいんじゃない?」
エルもピアも。旅を続ける気が満々だった。
そして私の本音。
それはこの二人と一緒にいたい――だった。
だから……。
「ありがとう、エル、ピア。じゃあ、出発する?」
「「はい!」」
いつものように御者席に座り、エルが馬に合図を送った。
ゆっくりと馬が歩き出す。
ピアは幌馬車の後部の布を上げ、見送りの人達に手を振る。
「いつでも戻って来いよ~」
「待っているからな~」
「達者で!」
「フェリスさん、エルさん、ピアさん。またいつか会いましょう!」
シャインも笑顔で手を振っていた。
一期一会の出会いと別れを経て、私達は旅を続ける――。
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次の町へ向け、出発!
次話は12時頃公開予定です~
お昼の更新で嬉しいお知らせがございます♪