第六十二話:賭け
突然現れ、悪党に賭けを持ち掛けた。
一体誰かと思ったら……。
その中性的な雰囲気により、声音や仕草で女性にも見えるシャインではないですか!
しかも冷やし中華を食べたことがないのに、美味しい方に賭けると言い出したのだ。
これを聞いた悪党はニヤニヤと笑っている。
「よし。いいだろう。賭けに乗ってやるが、条件があるぞ」
「何かしら?」とシャイン。
「賭けに乗ってやるんだから、そこはありがたく思ってくれないと困るよな。俺達が勝とうが負けようが、関係なく、だ。賭けに乗った俺達への礼として、姉ちゃんは俺達に今晩付き合う。どうだ?」
「まあ、いいですよ! あたし、お酒は強いから覚悟して頂戴ね」
「はは! 飲みっぷりのいい女は嫌いじゃねぇ。じゃあ賭けに乗ろう。そして俺達はたいして美味しくないに賭ける」
いきなり美味しくないに賭けられるのは、かなり心外!
そう思ったが……。
「ここは宿場町だが、山の手前の宿場町の方が規模もでかいし、みんなが立ち寄る。ここはそこに比べたら旅人や商人はあまり利用しない町だ。この町の収益の半分以上が漁業だ。漁で獲れた魚を加工品にして販売しているんだよ。つまりこの町に流れてきて屋台をやる奴らは珍しいんだよ」
「それってつまり……」
「でかい宿場町で販売しても、ろくに売れなかった。だからこの町へ流れてきた可能性が高い。つまり大して味はよくないってことだ」
これにはエル、ピア、私は「なるほど」と思う。
この悪党、きちんと考えた上で「不味い」を選んだようだ。
だが私達は決して売れないから移動しているわけではない。
かな~り特殊な理由でこの町へ来たわけだけど……。
完売するぐらい人気だったら、そこに留まって商売する――普通はそう思う。
別にそこを逆手にとるつもりはないが、結果としてそうなっていた。
「分かったわ。お兄さん達は不味いに賭ける。あたしは美味しいに賭けるで成立ね。ここは公平にジャッジしましょう。実際に食べているお客さんの反応を見たら、美味しいと思っているか、そうではないかは分かるわよね。少し離れたそっちでビールでも飲んで、様子を見ましょう。ビール代はあたしが出すから、『不味いだろう?』とお客さんを脅迫したりはしないでくださいね」
「なんだ、酒代を出すのか!? 太っ腹な姉ちゃんじゃないか。そーゆう心意気のある奴、俺達は好きなんだよ。不正はしねぇ。俺達の長い経験と勘からすると、残念だがこの新婚さんの料理は大したことないんだよ。冷やし中華だなんて、聞いたことのない料理だしな」
今さらだが、この悪党たちは、エルと私が夫婦でピアが子供だと思っている。
ピアが年齢より幼く見えることで、そうなってしまうと思うのだけど……。
エル、悪いわね、毎度毎度、私なんかと夫婦に間違われて。
そう申し訳ない気持ちでエルを見るが、彼は先程以上にご機嫌で麺を切り始めている。
これには首を傾げることになるが、シャインは悪党たちを連れ、少し離れた場所でビールを飲み始めた。そして私達の仕込みも終わり、いよいよ営業開始となる。
この頃には麦茶のいい香りもしているし、いつも通りの「本日限定」「麦茶無料サービス」で、人が集まってくれた。集まって眺めているのだけど、買おうかどうか迷っている気配が伝わる。
その様子から、悪党たちが言っていたことが間違いではないと理解できた。
見慣れない、新参者の屋台。珍しさはあるし、買ってみた。だが食べたら不味かった……という経験をこの町の人達は結構しているのだろう。かつ旅人や商人より、地元民が多いから、新参者の屋台=不味いの図式が出来上がっている可能性がある。
そうなるとなかなか一人目のお客さんがついてくれない気配が濃厚。
どうしようかと思ったら……。
「ピアちゃん!」
色白の肌にストレートの黒髪、そして細身なのに巨乳!
黒のマーメイドラインのドレスを着たゼノビアが、うっとりするような笑顔で登場した。
「もしかしたら会えるかしら?と思ったら、会えてよかったわ。例の男爵にみっちりお仕置きしてから出発したの。この宿場町への到着は、ついさっきだったのよ。てっきりお昼に営業していたのかと思ったら……今日は夜なのね。ついているわ。早速、いただいてもいいかしら?」
「ゼノビア伯爵様、ありがとう! すぐ、用意するね!」
ピアがご機嫌で準備を始め、私はポアラン男爵の件でお世話になった御礼を伝える。そして相変わらず護衛の姿が見えないことを尋ねると「彼はいつもそうだから気にしないで」と笑う。
とにもかくにもゼノビアが冷やし中華をニコニコと食べ「やっぱり美味しいわ!」と絶賛すると……。
ブレイクの瞬間がやってくる。
遠巻きで見ていた町の人達が、次々に冷やし中華を購入。
半信半疑で食べ始め「今の季節にぴったりな料理だ!」「この酸味がたまらない!」「肉も玉子も野菜も楽しめる!」と喜びの声を続々と上げてくれる。それを聞いた人達が殺到してきて……。
危うく、シャインと悪党の分がなくなるところだった。
彼らが食べて、完売を迎えた。
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次話は18時頃公開予定です~