第六十一話:素敵な絵描きさん
「フェリスお姉さん、絵を描いている人がいる!」
「本当だわ。見に行ってみる?」
「うん!」
着席したエルに見守られ、ピアを連れて絵描さんのそばに近寄る。
絵描さんは、美しく長い白銀の髪を左側で緩く束ね、三つ編みにしていた。ドレープを描くゆったりした白のチュニックを着たその姿は、何だが中性的であり、そしてこの世のものではないような、独特の雰囲気があった。
キャンバスに描かれているのは、美しい青と水色のグラデーション。それだけで作品になりそうだったが……。
なんとその上に黒色を塗ってしまう。
これにはピアと二人でビックリ。
でも竹串のような先端の尖った木の棒を使うと、黒の塗料を削り落としていく。すると美しい青や水色のグラデーションが浮かび上がる。その見た感じはステンドグラスみたいだ。そして前世で見たスクラッチアートを思い出す。まさにそんな感じだった。
そしてあれよ、あれよという間に、美しい海、そこを泳ぐクジラの姿が浮かび上がる。
「すご〜い!」
ピアが歓声をあげ、拍手をする。
私も拍手すると、ゆっくり絵描きの青年がこちらを振り返った。柔和な笑みを浮かべ、まるでモナリザを思い出す。
「お兄さん、すごい素敵だわ! こんな絵、初めて見た! 美術館なんて今日初めてだけど、街中の絵描きさんでこんな絵を描いているの、見たことない!」
「ありがとうございます。気に入っていただけたなら、プレゼントしましょう」
「えっ、いいの!?」
絵描きはこくりと頷く。
「この美術館は一期一会がテーマなんです。ここであなたに見染められたのなら、この子の運命はあなたと共にあるのでしょう。受け取ってください」
「わぁ、嬉しい! ありがとうございます!」
笑顔のピアが私を見た。
それは何か御礼をしたいだと分かるので、私は「今晩、ご招待したら?」と小声で伝える。
「お兄さんはお金持ち?」
ピアが突然そんなことを聞くのでビックリしてしまう。
「残念ながら絵描きというのは儲からないと決まっているようで。私はお金は持っていません。でも何とか毎日生きていくことは出来ていますよ」
それを聞いたピアは安堵の表情になる。
「じゃあ大丈夫! 貴族だと屋台なんてほとんど利用しないでしょう。私はこのフェリスお姉さんと屋台をやっているの。とっても美味しい冷やし中華と麦茶を出しているんだ。この絵をくれたお礼に、私が作った冷やし中華をプレゼントしたいの」
これにはなるほど、なるほどだ。
確かに貴族は屋台の料理ではなく、行くならレストラン。この絵描きの何とも浮世離れした雰囲気に、平民ではないのかもしれないと、心配して尋ねた質問だった。
場合によって怒られてしまうような質問だったが、絵描きの青年は全く気にしていない。
穏やかな性格のようで良かったと一安心する。
「それは嬉しいお誘いです。ぜひお邪魔させていただきます。ところで屋台はどこで出すのですか? この辺りだと夜は時計塔の広場、あとは港近くの広場も賑わいますよ」
「フェリスお姉さん、どうするの?」
「そうね。せっかくだから海に近い、港近くの広場へ行きましょうか」
こうして絵描きのシャインとの約束を取り付け、カフェの中へ戻り、ピアはプレゼントされた絵をエルに見せる。エルも「これは美しい。こんな絵は初めて見ました」と驚く。
一期一会をテーマにした美術館で、不思議な雰囲気を持つシャインと出会い果たした私達は、カフェで休憩した後、港近くの広場へ向かい、初めての夜営業に向け、準備をすることになった。
◇
夜と言っても日没は二十一時なので、外はまだまだ明るい。
だがみんな気持ちを夜に持って行くためなのか、港近くの広場ではランタンが灯され、なんだかお祭りモードになっていた。これにはもうピアがワクワクしているのが伝わってくる。しかもシャインからプレゼントされた絵を店頭に飾りながら仕込みをしていた。他の屋台のスタッフから「綺麗な絵だね!」と褒められると、さらにピアはニコニコとご機嫌となる。
ピアの機嫌がいいと、エルと私も何だか元気になってしまう。エルは鼻歌を口ずさみながら、冷やし中華のたれづくりをしていた。私もそのエルのメロディにのって、キュウリを刻んでいたのだけど……。
「そちらの新婚さんと可愛いおこちゃま。お前さんたち、新参者だな。ここではな、新参者は古参者に敬意を払う必要がある。分かるよな、大人が敬意を払うって、どういうことかを!」
ウキウキ気分が吹き飛ぶ悪党が登場した。
領主が自由な商売を許しているのに、こんなことを言い出す輩が現れるなんて!
まったく困ったと思いつつ、警備隊を呼びに行くかと考えた時。
「ねえ、お兄さん達。そこは勝負しません? あたしが賭けに負けたら、敬意を払います」
「なんだ、なんだ。こんな色っぽい姉ちゃんの仲間がいたのか。一体どんな賭けをしようと言うんだ?」
「あいにく仲間、というわけではないのだけど。通りすがった興味で声をかけちゃった。この店が出す料理、あたしも食べたことはないけど、お兄さん達も食べたことはないでしょう。でもあたしはきっと美味しいんだろうと思うの。つまりあたしは美味しいと思う方に賭けるわ。お兄さん達はどう?」
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