第六話:家事も率先してできる素敵な旦那様!?
「お嬢様、今日は鴨を捕らえました!」
エルは私の護衛騎士で、得意なのは剣術だと思っていた。確かにその剣の腕が見事であることは、敷地内に用意した木製の柱を相手に練習する姿からも明らか。
だがそれだけではなかった。
槍や弓も、エルはかなりの腕前。すなわち狩りの腕も一流なのだ!
ローストヴィルでは日々の生活の食糧を得るための狩猟が、事前申請で認められていた。そして初夏の今の時期は、鹿、野ウサギ、鴨、雉などを捕えることができる。
手に入れた屋敷は森にも近く、前世の昔話風に言うなら、「おばあさんは川で洗濯、おじいさんは山に狩りに向かう」となり、そしてエルは森に入ると必ず獲物を得て戻ってきてくれるのだ!
「ありがとう、エル! 鴨肉は熟成させると、ローストした時、とっても美味しくなるの。今晩は残っている野ウサギ肉のシチューを食べましょう!」
「了解です! 氷室で吊るし、乾燥させながら熟成ですね」
「ええ。熟成させる際、内臓は取り出すから、パテを作りましょうか」
私の提案にエルの顔が輝く。
「いいですね! 今晩は焼き立てパンで、鴨肉のパテを楽しめるわけですか」
「せっかくだから、レッドカラントのジュースと一緒に楽しみましょう」
「いいと思います……!」
エルの紺碧色の瞳がキラキラしている。
こうして即、準備スタートだ。エルは鴨を捕えると、すぐに血抜きを行なって帰宅してくれる。ゆえに速攻で準備に取り掛かれるのだ。
「では氷室に行ってきます」
「ええ。お願い」
エルが氷室に行っている間に、鴨の下処理を行なってしまう。内臓は血の塊、余分な筋を取り除き、砂肝は銀皮を取り除く。臭みを取るため、軽く塩を振り、ワインに十分程漬ける。
その間にグリーンサラダの用意だ。トマト、ズッキーニは洗ってスライス。オリーブの実は輪切りし、チーズは適当な大きさに切った後、食べやすいサイズに手でちぎる。それらを自家製ドレッシングで和えて完成だ。
「お嬢様、戻りました!」
「パテは私が用意するから、エルは先に入浴していいわよ。お湯は沸かしておいたから」
「……! お嬢様、いつもありがとうございます!」
エルが紺碧色の瞳をうるうるさせて感動している。
狩猟から戻る時間はだいたいいつも同じ。獲物の血や汗を流せるように、お湯を沸かしておくのは、留守番をしている私の役目だと思っている。だがエルは私を主と思っているから、毎度のことなのに、目を潤ませて感動してくれるのだ。そうしている時のエルは、懐いた犬のようで大変可愛い。そもそも顔がいいのだから、この表情を眺められるのはある意味、眼福。
ということでさらにエルが喜ぶ顔を堪能するため、パテを作り始める。
エシャロットとニンニクを刻み、バターを溶かしたフライパンで炒めて行く。そこへ鴨の内臓を入れ、強火で焼き、ローズマリーを加えていい香りを移す。赤ワインを入れ、強火でアルコールを飛ばしつつ、最後にブランデーを大さじ一杯、香りづけでふりかけ、ボウルへ移す。手早くすりつぶして、ペースト状にしてから、バターとミルクを加えて、なめらかになるまでさらにすりつぶしていく。
後は塩・胡椒で味付けして完成となる。
「パテはこれで完成。シチューを温めなおして、パンは軽く焼いて……」
同時進行で食器を用意し、レッドカラントのジュースやグラスもテーブルに並べる。厨房とダイニングルームがつながっているので、そこは実に楽ちん。
公爵令嬢なのにダイニングルームと厨房がつながっている屋敷に住んでいる!?とは思わないのは、私が前世の記憶があり、特にこのスタイルに違和感を覚えないからだ。
「お嬢様、先に入浴させていただきました……!」
お風呂上りのエルはその肌がほんのり色づき、しっとりした髪といい、色気が出る。私より年下の十六歳のくせに、この時ばかりは男らしさが際立つ。だがすぐに部屋で漂ういい匂いに、顔がデレる。つまり幼い顔立ちに戻ってしまう。
「なんて食欲をそそる香りでしょう……」
「いい香りがするうちに食べるわよ!」
「はい、お嬢様! ありがとうございます」
向き合う形で椅子に座ると、レッドカラントのジュースで乾杯。赤色のこのジュースは赤ワインみたいに見え、少し大人気分だ。
前世ではお酒が飲める年齢だったので、ここでまだ十八歳なのが惜しくてならない! このシチューと鴨肉のパテをいただくなら、ロゼワインでも飲みたいところ。だがこの世界でも飲酒は二十歳からなので、我慢、我慢だ。
「やはりシチューは翌日が美味しいですね」
野ウサギ肉のシチューを口に運ぶエルが瞳を細め、笑顔になる。
「そうね。旨味成分が一晩おくことで溶け出し、さらに均一になる。それにいろいろなスパイスの風味も増している気がするわ」
「お嬢様はまるで料理人のようですね」
これにはドキッとして、こう応じることになる。
「そう言われると嬉しいわ。妃教育の息抜きで、料理本を見ていたから」
そう誤魔化すことになる。
当然であるが、料理の豆知識は前世のもの。うっかり口を滑らせてしまうので、これは注意、注意、だ。
だがその後はエルが森の様子を報告してくれて、前世知識を話すことはない。それに美味しい料理をあっという間に平らげることになる。
「鴨肉のパテもとても美味しかったです。狩りをした当日でしたが、臭みもなく、なめらかで濃厚な味わいでした。ご馳走様です」
「良かったわ。美味しいからつい食べ過ぎてしまったわね。シチューもパテもしっかりした味付けだったから、もう満腹」
「紅茶を飲むとさっぱりしますよ。今、入れますので」
エルはいつも食後に甲斐甲斐しく動いてくれる。それは自身が先に入浴をさせてもらったという感謝と、料理は私がメインで作っていることへの御礼の気持ちからだとは思うが……。
私の護衛騎士ではあるが、公爵家の私設騎士団の中では、エルはかなりの上位者だった。何せ第二王子の婚約者だった私の護衛に就くぐらいだから。それなのに食後、紅茶を入れ、皿洗いから鍋やフライパンの洗い物までしてくれるなんて……。ここが前世だったら、家事も率先してできる素敵な旦那様ランキング一位を獲得できそうだ。
そんなことを思いながらの平和な夜が過ぎていく。
この穏やかなエルとのスローライフな日々が、しばらく続くと私は思っていたのだけど……。
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