第五十九話:でも……寂しい。
本命はエル。
だが筋肉質なエルは、見た目より体重がある。そのエルを気絶させ、運び出すのは転移魔法が使えないと至難の業。だから代わりに私を攫った……。
「それはつまりエルを脅迫するつもりだった、ということですか……!?」
「そうだと思う。君のことは自身の屋敷とは別の場所に監禁し、エルには自身の屋敷の料理人として仕えれば、『彼女の命はとらない』と言うつもりだったんじゃないかな。『従順に日々、自分のためだけに料理を作れば、彼女にも週に一度ぐらいは会わせてやる。だが余計なことをしたら、彼女の無事は保証できない』……そんな感じでエルを脅そうとしたのだと思う。これならエルは、自らポアラン男爵の屋敷へ向かうことになる」
「驚きました。その……そこまでするなんて……」
私の発言を聞いたエディはクスクスと快活に笑い、コーヒーを口に運ぶ。
「ポアラン男爵は食への執着心が強かった。自分の食べたい物を食べたい時に食べる。そのためなら手段は問わないというわけだ」
「でもゼノビア伯爵にエルは、助けを求めたかもしれません」
「その可能性はゼロではないだろう。でもゼノビア伯爵がどこにいるか。君は把握しているかい?」
していない。どこの宿に滞在しているかなんて、聞いていなかった。
「それに広場でゼノビア伯爵に注意された時は、どうにもできなかった。いわば現行犯で言い逃れができない状況。でも君を攫い、想像もつかないような場所に閉じ込め、知らぬ存ぜぬで押し通せば、さしものゼノビア伯爵だって、どうにもできない――とポアラン男爵は考えたのでは?」
ポメラニアンみたいな可愛い名前の男爵だが、とんでもない悪党だった。悪党……ではなく、食への執着心が異常と言えばいいのか。
「ちなみに私はどこへ運ばれていたのでしょうか……」
「娼館だよ」
これにはぎょっとすることになる。もし下手なことをすれば「娼婦にするぞ!」と脅されていたかもしれない。
「逃げた私を捕えようと、カナン団長は追いかけていましたよね!? 今頃どうなっているのでしょうか……」
「荷馬車を乗り捨てたから、あの近辺に隠れたと思っているだろう。捜索を部下に任せ、カナン団長自身は、ポアラン男爵の元へ向かったはずだ。だがそこにはゼノビア伯爵が待ち受けている。でもそれは団長は知らない。それに例えポアラン男爵が悪事を白状しなくても、団長の報告ですべてバレるはずだ。執務机の椅子に横柄な態度でもたれた男爵が、団長に報告を求める。団長はペラペラと話すだろう。そしてゼノビア伯爵はというと、執務机の下に隠れ、男爵の大切な場所に剣を突き付け、その報告をしっかり聞いている――なんて感じかな」
これにはもう「なるほど!」だった。さらにその様子が目に浮かぶ。
「君達はいろいろ理由があって旅を続けているのだろう? ならば後のことは、僕とゼノビア伯爵に任せて、この町からは出て行けばいい。ポアラン男爵を罪に問い、罰するより、君達は次の土地へ向かいたいのでは?」
それはまさにその通り! それに裁判なんて起こしたら、私が悪女であるとバレてしまう!
「エディさん……その、いろいろとありがとうございます。ゼノビア伯爵も含め、本当によくしてくださって……心から感謝の気持ちでいっぱいです……!」
そう言いながら思っていた。どうしてこんなに親切にしてくれるのだろう、みんな、と。そしてそれは表情に出ていたのだと思う。エディはこんな風に言ってくれた。
「君の純粋なところは、見ていて好ましく感じる。お金儲けよりも、美味しいものをみんなに知って食べて欲しいという気持ち。自分のことよりもつい他者のことを考えてしまうところ。不器用だけど、君らしいというか……なんだか応援したくなる」
そんなふうに言われると思わず、これには何だか嬉しくなってしまう。人との出会いは一期一会と言うが、ゼノビアともこのエディとも、いい出会いになった。
もしかしたら国内を自由に動き回っているゼノビアとは、また出会えるかもしれない。出会える……ゼノビアと出会う時は、いつもピンチな時ばかり。出来れば次の出会いは、平穏無事な時がいいのだけど……。
それはさておき。
エディとはこれでお別れになる。
旅を続けていれば、出会いと別れはつきもの。そこはどうにもできない。
でも……寂しい。
エディはとても朗らかで、最初からとても親切だった。ナンパ目的ではない。この町を知らない私とエルが楽しく観光できるよう、声を掛けてくれたのだと思う。
エディが私を好ましく、応援したくなってくれたように。私もエディを好ましく思い、応援したくなっていた。
「あれ、その表情。もしかして僕との別れ、寂しいと思ってくれている!?」
「! そ、それは……そうですね。助けていただいて、魔法で素敵な靴と服を用意してもらったのです。御礼をしたいのに、その時間もなく、この町を出なければならないので……」
「大丈夫。きっとまた会える。……そうだな。次に再会できたら、御礼のキスでもしてもらおうかな。ほっぺに『ちゅっ』ってさ!」
実に朗らかに言われると、そこに嫌な気持ちは沸かない。チークキスの文化もあるからだろうか。
そこで朝の六時を知らせる鐘が鳴る。
「よし。宿も開くだろう。行こうか」
「はい!」
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次話は21時頃公開予定です~