第五十七話:丁重から一転、かなり手荒い!
「丁重に扱うように。くれぐれも傷をつけるなよ。大切な客人だからな」
この声には聞き覚えがある。
まさか、と思う。
そこでパカラッ、パカラッという疾走する馬の蹄の音が聞こえる。
「うん、何だ、こんな時間に!?」
「おい、静かにしろ──うわぁ」
「わあっ」「うぐっ」「ぎゃあ」
静かにしろに反する声がいくつも聞こえ、その合間に蹄の音も聞こえている。そして唐突に荷馬車が動き出す。
ゴロンと転がり、悲鳴を上げたいところだが、口には布を噛まされているから「うぐぐくっ」という唸り声を上げることになる。だがこんな声、ガタガタ揺れる荷馬車の音に紛れ、誰にも聞こえないだろう。
さっきは丁重に、だったのに、急に何が起きたのか。
訳の分からないまま、ガタガタ揺れる荷馬車で左右に何度も転がることになった。それだけ勢いよく荷馬車が走っていると分かるが、怒鳴り声も聞こえてくる。
そこで理解出来た。
誰かが、多分、エルだ!
助けに来てくれたんだ……!
でも追っ手が来ている。
そう思ったが、再び後方で悲鳴が聞こえた。
荷馬車は走り続けている。そして御者はエル。ピアは宿で待機しているはずだ。そうなると誰が後方で追ってくる相手を倒したのか。
違うわ。これは魔法だ。
エルが魔法で追っ手を倒したんだわ!
火、水、土、風、気を扱う魔法はほんとどが上級魔法になる。エルは覚えた風魔法で対処したのだろうか。
私も加勢したいが、今の状態で無理だ。何処かに止まるのを待つしかない。
そう思っていたら、ガタガタと石畳を走り、そしてやがて荷馬車が止まった。
「ごめんな。手荒い形になって」
この声はエルではない!
本当に驚いた。
だって私へ謝罪の言葉を口にしたのは……エディだ! まさか魔法を使えたの!?
まずは目隠しを外された。
既に東の空の端はわずかに明るくなりつつある。
ということは五時台だ。
この季節、日没は遅いが、日の出は早い。
続けて口にかまされていた布を外してもらい、ようやく声を出せるが、周囲に建物も見えるので、小声で「ありがとうございます」と伝えることになった。「どういたしまして」と、エディも応じる。応じながら手足を結いていた布も外してくれた。
そこでエディは両腕を広げる。
荷馬車から飛び降りたら大きな音を立ててしまうかもしれない。ここはエディに抱き止め、支えてもらうことになる。
抱きとめてくれたエディからは爽やかなミントの香りが感じられた。
「ありがとうございます」と私は小声で伝え、そのまま地面に降ろされるかと思ったが「靴、履いていないだろう?」と耳元で囁かれ、「あっ」となる。寝ているところを連れ去られたのだ。裸足だったし、寝巻きだった。
これは貴族令嬢として非常に恥ずかしいが仕方ない。そしてエディは私を軽々と抱き上げたまま、呪文を詠唱する。
つまりは転移魔法を使い、私が泊まる宿まで戻っていた。
だがしかし。
この世界の宿は、前世のように二十四時間いつでも出入りできるわけではなかった。宿の出入りが自由にできるのは、朝6時から夜の22時のように時間が決められていた。早朝深夜は防犯のため、宿の出入り口が閉じられているのだ。貴族が宿泊するような宿であれば、夜番のスタッフがいたりもするが、そんな宿には泊まっていない。そして転移魔法は壁をすり抜けたりはできなかった。物理的に閉じられているドアの向こうへ行くことはできない。
「どうしよう……」と声に出さないが私が思っていると、エディがウィンクして目配せをする。
すぐ近くのカフェが営業していたのだ!
そのカフェに行く前に、エディは宿の前に置かれている馬車を待つためのベンチに、一旦私を下ろした。そしてポケットからハンカチを取り出す。
貴族もそうだが平民も、ハンカチは複数枚持ち歩いている。エディはそのハンカチで私の左右の足をそれぞれくるむようにした。靴代わりにハンカチでくるんでくれたと思ったが……。
エディが呪文を詠唱すると、なんとハンカチが布製のシューズに変わっている! 光沢のある淡い桜色で、その形はバレシューズのようで、とても可愛らしい。しかも私が着ている寝間着も、魔法でデイドレス風に変えてくれたのだ!
ここで私はまた思うことになる。エディは、上級魔法の使い手の中で分類される、特級にまで満たないが、限りなくそこに近いレベルの経験と熟練された腕を持つ準特級の使い手なのではないかと。ジョーンズ教授がまさにそうだったが、エディもそんな気がする。
それを踏まえ、しみじみ思う。アルシャイン国はすごいと。人口も多いが、多い分だけ、魔法を使える人間も多そうだ。しかも平民でも準特級の使い手がいる。
トレリオン王国にいた時は、この国が一番すごい!という気持ちだった。だがトレリオン王国を離れ、理解することになる。アルシャイン国の前では、トレリオン王国は霞んでしまうと。
「では行こうか」という感じでエディが微笑み、私に手を差し出してくれる。
靴も履いているし、寝間着改めデイドレスになったのだから、ちゃんとエスコートしてくれるということだ。顔がすっぴんであるが、この世界、きっちりメイクは娼婦で、令嬢マダムは薄付けだったのでこれで問題なし!
ということでエディと共にカフェへ向かった。
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