第五十五話:えええええっ
ポアラン男爵の言葉に、エルもピアも私も。さらにはゼノビアも「「「「なぜ、けしからん!?」」」」という表情になってしまう。何がどうけしからんなのか。そう思ったら……。
「領主であるわたしが食べたことがないなどけしからん、ということだ。まずはその美味なる冷やし中華はわたしが味見を行う。麦茶も飲ませていただこうではないか。そしてその味次第では、店主をわたしが雇おう!」
これには「「「えええええっ」」」とエルとピアと私で叫んでしまう。
何かのお咎めを受けるのかと思っていた。でもそうではなかった。それどころか冷やし中華と麦茶を気に入ったら店主を雇う、だなんて。
エルと顔を見合わせると、その表情は「分かっています、お嬢様」だと伝わってくる。ここは「エル、任せたわ」で頷く。そこでエルが口を開く。
「ポアラン男爵。大変ありがたい申し出です。身に余る栄誉だと思っています。ですが我々は誰かに雇用されるつもりはありません。自由に旅を続けながら、各種メン料理を販売したいと考えているんです」
「なぜだ!? そんな根無し草のような生活、不安定ではないか。わたしの屋敷で専属シェフに加われば、生活は安泰だ。そちらの二人の女子、君の嫁と娘か? 一緒に雇用しても構わない」
またも夫婦であり親子と勘違いされたが、そこは今はいい。
それよりも!
エルを見ると、耳と頬を赤くしながらも、エルは口を開く。
「それは本当に恐悦至極でございます。ですが……」
そこは問答の繰り返しになってしまう。
こうなると……もはやありがた迷惑になっている。
どうしたらいいのかと思っていたら、ゼノビアがすっと黒のレースの扇子を、ポアラン男爵とエルの間で広げ、二人は話すのをやめた。
「ポアラン男爵。あなたが有能な料理人を雇いたい気持ち、よく分かりますわ。ですが彼らは、誰にも縛られたくないと言っているのです。その意志は尊重すべきでは? アルシャイン国はその自由がある国のはずです」
「それは……」
「きっと彼らは自分達が生み出した独創的な料理をいろいろな場所で広めたいのでしょう。ここは一期一会で冷やし中華と麦茶を味わい、それで終わりにすべきと思いますわ」
「君は一体……!」と声を上げたポアラン男爵であったが、扇子を見てハッとする。
「その扇子の紋章は……首都アールの……まさか首都警備隊!? なぜ首都警備隊の方が!? いや、いる。一人だけ、首都警備隊でありながら、自由な行動を国王陛下から許されている人間が! まさかゼノビア伯爵!?」
そこでゼノビアは「ふふ」と実に妖艶に微笑む。
ポアラン男爵は胸に手を当て、お辞儀をする。
「これは大変失礼いたしました。まさか伯爵が我が領地へいらしているとは……! なんの歓待もできておらず、申し訳ありません」
「そうね。ではその歓待はここで共に受けましょうか。麦茶と冷やし中華をいただくことにして。ここで彼らは自由に商売し、明日はこの地を立つ。それでいいわよね?」
「勿論でございます……! 君達、申し訳ないことをした。商売を再開してもらって構わない!」
ポアラン男爵の変わり身には、口をあんぐり、驚くしかない。だがそれは裏を返せばそれだけゼノビアの影響力が大きいということだ。しかも販売を再開し、明日、この地を立つことを許された。
ここは安堵し、エルとピアと共に、仕切り直しだ。
「皆、騒ぎを起こしてしまい、申し訳なかった。冷やし中華、麦茶を味わいたい者は、集まってくれ。ここはわたしがすべて払う!」
ポアラン男爵の男前の発言に、取り巻くように様子を見守っていた町人から「やった!」の声が上がる。
「これは忙しくなるね。僕も手伝おう」
そう申し出てくれたのはエディ!
彼は相手がポアラン男爵の私設騎士団と分かっていながら、しかも平民なのに、声をあげてくれたのだ。
「エディ様、ありがとうございます! あなたの勇気に心から感謝します」
「いやいや、当然のことをしたまでだよ。結局、この窮地を救ったのは、あちらの伯爵。僕は役立たずだった」
「そんなこと、ありません。いろいろな意味で感謝しています。それに今も手伝いを申し出てくださいました」
そこでエディは朗らかな笑顔になり「僕の手伝い、必要かな?」と尋ね、私は「ぜひお願いします」と応じる。
「よし分かった、任せて!」
こうしてエディの手伝いを得て、エル、ピア、そして私は冷やし中華の販売を再開。麦茶を配り、皆、笑顔で食べてくれる。
「ゼノビア伯爵様。これ、私が作ったの。フェリスお姉さんに手順を教わり、作ったんだ。このメンも私が捏ねてカットしたの!」
「まあ、すごいわ。ありがとう、ピアちゃん」
「……! こちらこそ、先日は助けてくれて、ありがとう! 御礼で、ずっと食べて欲しいと思っていたんだ」
ピアは遂にゼノビアに御礼ができた。
「あれ? 護衛の人は……」
ピアの言葉に、確かに護衛の姿が見えないことに気付く。
「ああ、彼はね、必要な時だけ現れるの。遠くで見守ってくれているわ。実はどこにいるか、わたくしも分からないのよ。だから気にしないで」
「そうなんだ……。じゃあゼノビア伯爵様、私が『ありがとうございます』って言っていたこと。伝えてもらえる?」
「いいわよ。ピアちゃん」
「ありがとう!」とピアが喜び、エルも安堵していた。エディは「東方の冷やし中華。今日限りの販売だよ。注文した人には、ドリンクは無料サービス。麦茶というとっても飲みやすいお茶だよ~!」と元気に呼び込みをしてくれる。
ひと悶着あったが、無事に解決した。
そう思っていたのだけど……。
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