第五十四話:実にけしからん!
あの青年のおかげで行列第二弾もでき、麦茶のサービスも好評だった。今日も完売だろうとエルとピアとハイタッチをしていたが……。
「すみません。ここの屋台の責任者は?」
警備隊とも違う、でもいずれかの騎士団と思われる隊服姿の男性が、並ぶ人をかき分け、店頭に姿を見せた。
エルと瞬時に顔を見合わせる。
「自分がこの店の責任者ですが、何でしょうか?」
こういう事態ではエルが前面に出るよう、あらかじめ話していた。
「君が責任者か。今すぐこの場所で営業を停止し、我々と同行願いたい」
「!? ど、どうしてでしょうか!?」
エルが驚愕し、私だってビックリしている。
「ポアラン男爵の私設騎士団の方ですよね? この広場は自由に屋台を出せるはずです。事前申請や許可制ではなかったと思いますが」
涙袋のほくろの青年が、隊服の男性に声を掛けた。
その言葉で二つのことを思う。
ポアラン男爵!
ポメラニアンみたいな名前だと覚えていたが、この宿場町で領主をしている男爵! そして青年の言う通りで、この広場は自由に商売できる場所のはずだった。だからこそ沢山の屋台やスタンドショップがあるし、大道芸やバイオリン弾きもいたのだ。
そう思いながら、隊服の男を見る。男は片眉をくいっとあげ、訝し気な表情で青年を見た。
「君、何なんだね? この屋台の関係者か?」
「この屋台の客で、エディと言います。彼らは町の人間ではない。でも僕は地元民ですから、彼らの足りない面をサポートできるかと」
「地元民……平民のくせに騎士に気安く話し掛けるなと文句を言いたいところだが、ポアラン男爵は寛容な方だからな。一度だけ、見逃そう」
そこで隊服の男はエディから視線をエルに戻し「撤収だ。今すぐ道具をまとめろ!」とぴしゃり。
「でも行列に並んでいるお客さんは!?」
ピアが声をあげると、隊服の男は列の客を睨む。
「ポアラン男爵の命令だ。解散しろ!」
列に並んでいた人たちはひそひそ何か言っているが、最終的に列から離れていく。これを見たピアが口を開こうとしたので、私は慌てて押さえる。
ここはポアラン男爵の領地。裁判権や徴税権など、彼に一任されているはず。そこに何か言えるのは、国王ぐらい。中央政府も多少は干渉できるだろうが、自治権はポアラン男爵にある。そんな相手に変に盾つくのは危険だ。
「ピア。言われた通りにしましょう」
「フェリスお姉さん……」
何も。何も悪いことはしていない。
それなのになぜこの場から撤収を命じられるのか。
納得はいかない。
だが変な騒ぎを起こせば、「お前たち、何者だ!?」となると思う。そして今のところ「お前、隣国からやって来た悪女なんだろう?」とは言われていないのだ。
そこはバレていない。だからここは大人しく従った方がいいと判断した。できれば「とっとと失せろ」でこの町から出られたらいいのにと思いながら。
……いや、いざとなれば転移魔法で逃げよう。幌馬車のところまで戻り、いつものトランクだけ持ち、エルとピアを連れて逃げよう。
そう決意し、撤収を始めた時だった。
「ポアラン男爵のところの私設騎士団のカナン団長さん」
大変艶っぽい声が聞こえた。
そしてこの声を私は知っている。
いや、エルもピアも知っている声……!
「うん!? なんだき……」
カナンは声の主を見て「なんだ貴様は」と言おうとしたのだろうけど……。
色白の肌にストレートの黒髪、そして細身なのに巨乳。黒の開襟半袖シャツに、マーメイドラインの黒のロングスカートという妖艶な姿に目が釘付けとなり、文句の言葉も出ないようだ。
「ねぇ、団長さん。この広場は自由に商売できるはずなのに。どうしてこちらの屋台は撤収しないといけないのかしら? 何か悪いこと、したのかしら?」
もうお姉様と全力で擦り寄りたくなるぐらい色気と迫力に溢れているのは、ゼノビア! ピアがあんなに会いたがったゼノビアと、まさかのこんな形で再会となった。
「冷やし中華なる珍しい料理を一日だけ販売しているという噂を聞いて、わたくし、わざわざ足を運んだのよ。それなのに撤収を命じられているなんて。困っちゃうわ」
ゼノビアは持っていた黒のレースの扇子で、カナンの顎をくいっと持ち上げ、その耳元で「困っちゃうわ」と囁いた。カナンは鼻の下を完全に伸ばし、目がハートになっている。
「ねえ、どうして撤収しないといけないのかしら?」
「そ、それは……」
「それはわたしが命じたからだ! わたしこそはこの宿場町の領主、ポアラン男爵! 冷やし中華なる大変珍しく、かつ美味なる料理を出している屋台があると報告が来た。しかも麦茶なるドリンクを無料でサービスしているという。実にけしからん!」
ポアラン男爵は腰に手を当て仁王立ちでそう言い切った。
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