第五十二話:あれを無料サービスにしよう!
昨晩の中央広場の散策。
私に腕を掴まれたエルは「も、申し訳ありません! ついぼーっとしてしまい……」と謝罪していたが。
広場は想像以上に混雑している。
その混雑状態でも「あ、そこの綺麗なお姉さん、一人?」「あっちに美味しいジェラートのお店があるから、一緒にどう?」と地元民と思われる男性が声をかけてくるのだ。一人でいる女性には気軽に声をかけてあげましょう……というスローガンが、どこかに飾られている!?と思わず見回したくなる。
「あれ、お嬢さん。もしかして道に迷った?」
見回して目が合った見知らぬ男性から声を掛けられた瞬間、私はエルに告げる。
「混雑しているでしょう? それにエルは護衛として私の数歩後ろをついてきている。そうなると私は一人だと思われ、声を掛けられてしまうわ。エル、申し訳ないのだけど、腕を掴んでもいい? そして並んで歩いて欲しいのだけど……」
これにはエルは「えっ!」と驚き、顔を真っ赤にしてしまう。
やばい。
遂にセクハラをしてしまった。
「ご、ごめんなさい。いくら私が主とはいえ、過剰な要求だったわ。忘れ」
そう言おうとしたら、エルが私の手をぎゅっと握った。つまりを手をつないだのだ。
「こ、この方が確実です。まず、はぐれることはなくなります。それにこれなら横並びになり、距離も、ち、縮まりますから……。ご迷惑でしたら離します……」
最後は消え入りそうな声だったが、迷惑なわけがない。これなら絶対に声を掛けられないし、この人混みでも迷子にはならないだろう。
「ありがとう、エル。こうしてもらえると安心だわ」
「お嬢様……!」
こうして日没前の大変美しい噴水を眺めることができた。
噴水のテーマは世界樹らしく、大きな幹のあちこちに窪みがあり、なんとそこには炎がついたロウソクが置かれているのだ。いつも夕方になると、一度噴水が止められ、ロウソクに炎を灯すという。
その結果、ライトアップされたかのように、噴水の水が淡く輝く。日没が二十一時近い、まだ夕陽の名残を感じる空の下、ロウソクの炎と共演する噴水はとても美しい。
「お嬢様、宿からここまでも歩いて来ましたよね。少し休憩しませんか。そこに丁度、テラス席のあるカフェもありますから」
「そうね。そうしましょうか」
こうしてコーヒー一杯を飲みながら、エルとこれまでの旅を振り返るかのようにおしゃべりを楽しんだ。
そこで改めて思うのは、エルがいてくれて本当に良かった……ということ。
それを伝えるとエルは……。
「自分こそ、お嬢様から学ぶことはとても多く……。お嬢様と一緒は幸せです」
なんて言ってくれるのだ。
エルは本当に年下の可愛い弟。
愛い!
それはさておき明日の昼に利用予定の広場は想像以上に広く、人手も多く、屋台やスタンドショップも多いことが分かった。
冷やし中華は、呼び水となるようなスープの香りはない。そうなるとジョーンズ教授のような一人目の客を掴むことが重要になる。
味見をした結果。味には自信がある。あとはそれに同意を示し、「美味しい!」と声をあげてくれるお客さんがついてくれるかだが……。
ごちゃごちゃ考えてもどうにもならない。
ということでエルとの散策を終え、宿に戻るとすぐに湯浴びをして、休むことになった。
◇
翌日は朝から晴天で、もう完全に夏、だ。
早朝、剣術の練習をして、ピアに日傘を使った護身術を教えているエル。朝から汗だくになるようで、水浴びが欠かせない。朝食の席には少ししっとりした髪で登場するようになった。
「昨晩、エルと噴水のある中央広場を偵察したの。その結果、広場はかなり大きく、出店も沢山あることが分かったわ。でも今日発売する冷やし中華にスープはない。タレでは、スープの時のように、香りで集客は難しいわ。だから麦茶を無料サービスで出そうと思うの」
夏の飲み物と言えば麦茶。そして私の前世記憶でも、冷やし中華を食べた時に、麦茶を飲んでいた。
「フェリスお姉さん、その飲み物はどんな飲み物なの?」
レストランの朝食で出されたベーコンをモグモグ食べながら、ピアが尋ねる。
「市場でも手に入る大麦を、フライパンで炒るの。焦げないように、十五分くらいを目安にして。あとはお湯で煮出して作るだけ。十分くらいでできる。暖かい状態でも、冷めても美味しく飲めるわ」
「大麦を炒るということは……ナッツをローストしたり、パンを焼いたようないい香りがするのでは?」
「ええ、まさにその通りよ、エル! スープの代わりに麦茶の焙煎で、客の足を止めさせるの。さらに麦茶を無料で飲めるとなると、みんな飲んでみたくなると思うのよ。冷やし中華を頼んだ人に一杯無料サービス」
この世界で飲み物は有料が基本。無料で飲めるサービスなんてない。しかも飲んだことはないが、香りがいい飲み物。飲んでみたいし、冷やし中華も気になる。ならば頼んでみようにつなげたいと考えたのだ!
「いいアイデアだと思います、お嬢様!」
「冷やし中華を注文したら、麦茶か無料でつくならお得だよ! フェリスお姉さん、私だったら間違いなく冷やし中華を注文して、麦茶をゲットしたいと思うよ!」
二人の賛同を受け、私は麦茶の無料サービスを敢行することにした。
お読みいただきありがとうございます!
本日もよろしくお願いいたします☆彡
次話は12時頃公開予定です~
【お詫び】
昨日は18時頃の更新が、18時11分になりごめんなさい!
病院の後でぼーっとしており、気付いたらあの時間でした。
今後は気を付けます(><。