第五話:バーベキューとローストの発祥の地
トレリオン王国を出て、どこの国に向かうと考えた時。
南は海に面しているため、陸路で移動するなら、選択肢は三つあった。
北にあるノースフォーク帝国は国土は広いが、とにかく冬の寒さが厳しい国。私は性格的にカラッとしたこの世界の夏を好むため、ノースフォーク国への出国は考えていなかった。それはこの世界の多くの人間もそうなのか。ノースフォーク国に移民は少ない。よって他国の人間がうろつくと目立つ……ということもあるので、選択肢から外れる。
次に西にあるシヴェア公国は、シヴェア神を崇拝する神の国と言われていた。信心深い国だけに「悪」に対しては手厳しい。「悪女」である私の入国は絶対に拒むはず。だが悪女情報を得る前に、私がこっそり入国したと分かれば……。聖域に悪魔が紛れ込んだとばかりに徹底して追われるだろう。さらには捕らえられたらそのまま火あぶりにでもされそうだ。よってシヴェア公国は、そもそも選択肢に入れてはならない国だった。
そうなると私が目指すべき国は、東南にあるアルシャイン国になる。
アルシャイン国は海と共に南部にリゾート地を有し、さらに東には穀倉地帯が広がり、西には豊かな森林地帯、北には良質な鉱山がいくつもあった。しかも国土はトレリオン王国の三倍で、人口も多く、交易も盛ん。産業も発展しており、国力もあるし、移民にも寛容なのだ。前世風に「住みたい国ランキング」なるものがあれば、大陸九十か国の中で、常に上位トップ3に名を連ねる国であることは、間違いなかった。
ということで、早朝に国境へ向かうと、あっさりアルシャイン国へ入国できたのだ!
「お嬢様、このままアルシャイン国の首都アールを目指しますか?」
白シャツに濃紺のズボンに革製の胴鎧と籠手、そして黒のスリムなズボンに脛当てという軽装備で、腰に剣を帯びつつ、トランクを手にしたエルが私に尋ねる。
「この国で社交を楽しむわけではないから、首都へ行く必要はないわ。ひとまず変な詮索を受けないよう、地方都市に滞在するつもりよ」
身軽に動けるよう、デイドレスではなく、青紫色のレースのついたワンピース姿の私は、エルの問いに答えた。
「なるほど。アルシャイン国の地方都市であれば、トレリオン王国の王都並みと聞いています。地方都市であっても、不便なく暮らせそうです」
まさにエルの言う通り。
今晩、夕刊も出て、各国の大使もロスと私の婚約破棄と断罪を知り、「何!? 悪女が国外追放!?」となる。そうなるとどの国も国境をまず警戒し、次に首都での警備を厳しくすると思うのだ。何せ追放されたのは公爵令嬢。それまでの生活を維持するために、地方ではなく首都を目指していると考える可能性が高いからだ。
それを踏まえても地方都市で滞在するのが一番だった。
「アルシャイン国の地方都市はどこも魅力的そうですが……お嬢様でしたら南部の都市ですか?」
「そうね。私は夏が好きだから、南部の都市は魅力的。でもね、エル。人間の基本は食だと思うの」
「! ということは……」
エルの瞳が輝く。
「西部の都市へ行くわ。森林地帯が広がる西部は狩猟と家畜の飼育が盛んよ。つまり肉三昧」
「肉三昧……!」
この世界に転生して良かったと思うこと。それは肉文化であること。
ただ王都で暮らしていると、日常の食事は牛肉、豚肉、羊肉と家畜になってしまう。秋の狩猟シーズンに地方領へ行くと、鹿や猪、雉などをいただける。
いわゆるジビエは王都の貴族からすると贅沢な嗜好品。だがアルシャイン国の西部の都市に住めば……。
「お父様が軍資金をたっぷり用意してくれたから、こぢんまりとした屋敷を購入して、そこで暮らしましょう。エルは自由に騎士として必要な修練をして構わないわ。私は読書したり、刺繍をしたり、適当に過ごすから。そして三度の食事では肉を食べるのよ……! 狩猟で得た鹿肉から牛肉まで。なんでも食べられるわ」
「それはまさに夢のようです……!」
これを聞いた私は思わず口元がほころびそうになった。
しばらくは仮暮らしの屋敷で、ひっそりと生活する必要がある。社交もしなければ、着飾ってどこへ出掛けることもない。
日がな一日、エルは騎士としての鍛錬を積める。私は妃教育から解放され、自由に好きなことができるのだ。
国外追放されて良かったと、エルも呟くに違いないわ。
「ということでエル、西部で二番目に大きい都市、ローストヴィルへ向かうわよ!」
「ローストヴィル! バーベキューとローストの発祥の地として有名ですよね!」
こうしてエルと私はローストヴィルへ向け、移動を開始。その道中で手に入れた新聞で、私とロスの婚約破棄と断罪の記事を見ることになる。
『……悪女として国外追放された公爵令嬢であるが、彼女は美女で才女でもある。おそらく我が国に来るなら、首都アールを目指す可能性が高い。まさに美しい薔薇であり、迂闊に近づくとその棘にやられる危険性もあるので……要注意である』
これを見た私は思う。
早め、早めに移動して良かったと思った。
さらに首都アールを目指していると思われているのも実に好都合。
こうしてバーベキューとローストの発祥の地ローストヴィルに無事到着したエルと私は、予定通りこぢんまりとした屋敷を手に入れた。そしてそこである意味、のんびりスローライフをスタートさせることになった。
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次話は18時頃公開予定です~
【併読されている読者様へ】
『悪役令嬢は死ぬことにした』
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夏の離宮のエピソード、お楽しみくださいませ☆彡