第四十二話:オリエンタル・ファンタジー
ジョーンズ教授が連れて行ってくれたお店。
その名は『オリエンタル・ファンタジー』。
「この店の店主は元船乗りの移民です。難破した船から逃れ、東方の島国の漁師に助けられたと聞いています。半年ほどその漁師達の世話になり、そして何とか帰国。当時東方の島国で食べた料理の美味しさを忘れられず、再現して出しているそうです」
これには「なるほど!」だった。
東方伝来のつけ麺を提供している私だからこそ、このお店を紹介したいと思ってくれたのね……!
でもそれなら、ピアやエルも誘ってくれたらいいのに、と思ってしまう。
「本当は君と一緒にいた少女や青年も、案内出来たらよかった。だがこのお店は、美味しい料理は美味しい。だがまずい料理はとことんまずい……」
どうやら何かの味を思い出したのか、ジョーンズ教授は苦々しい顔になる。
「食への探究心が強い君なら、まずい料理でも受け入れられるだろう。受け入れというのは、食べられるという意味ではなく、仕方ないと納得できるということ。だが幼い少女では、トラウマになるかもしれない。護衛を申し出た青年はお腹を壊し、それどころではなくなる可能性もある。よってフェリス嬢だけ誘うことにした」
これには「ああ」と理解することになる。
同時に。いったいどんな料理を出しているのかと興味も沸く。
「ここがそのお店です」
ジョーンズ教授が立ち止まったお店。
店構えは……。
白壁に青い瓦。軒先には杉玉が飾られているが、それはやや黒っぽくなっている。
杉玉は酒屋の軒先に吊るされるもの。新酒の完成を知らせ、熟成していく様子を店先を通る人に伝えるものだ。冬の終わりから春に吊るされ、その時点では鮮やかな緑。よって夏を迎えたこの季節は落ち着いた緑になっているはずだ。
それが黒に近い茶色ということは。おそらくは一度作って飾ってから、放置されている可能性が高い。
そんなことを思いながら、引き戸になっている扉をスライドして中に入ろうとして、いきなり布により、入店を阻まれる。
「なっ……」
「邪魔なんですが、これが東方の文化らしいです」
東方の文化!?
違うと思います!
おそらくのれんなのだろうけど、それは店の外に掛けるもの! なぜ店の内側に!? 外側に吊るしてお店の存在を示し、雰囲気を出すためなのに、これでは意味がない。むしろジョーンズ教授が言う通り、入店しにくい!
「いらっしゃいませ!」
笑顔で迎えてくれた年配の男性店主は、赤毛をポニーテールにしていた。
そしてかなり古びた藍色の着物を着ているが……そのあわせは左前になっている。
着物の合わせは右前が正解。
左前は亡くなった人に着せる白装束の合わせだ。
「こちらのお席へどうぞ」
席に案内され、メニューブックが置かれたが、その表紙を見てついに私は吹き出してしまう。
「どうしましたか、フェリス嬢?」
真面目な表情のジョーンズ教授に尋ねられ、私は本当に困ってしまう。
「東方では、一枚の紙や板にメニューが書かれているものを『おしながき』と言います。このようにブック形式になっている場合は、メニューブックでいいのですが……」
「ここには『オシナガキ』と書かれているということですか?」
「いえ、『おしりがすき』と書かれています」
そこでジョーンズ教授が真剣な表情で「おしりがすき」と呟くので、もう笑いをこらえるので大変!
彼はかなり端正な顔立ちをしている。それなのに「おしりがすき」だなんて、淡々と言われても!
「……一文字多いですね。そして『リ』と『ス』が不要で、『ナ』が足りない」
「そうですね。単なる誤字、ならいいのですが、『おしりがすき』は東方の言葉として成立しているんです」
「そうなのですか!?」
驚くジョーンズ教授に頷き、私はその意味を伝える。
「buttocksが好きという意味です」
「「えっ」」
衝撃の声をあげたのは、ジョーンズ教授だけではない。
お茶を運んできた赤毛ポニーテール店主も叫んでいた。
「そんな! 僕はメニューの意味で書いたのに!」
「実はのれんの位置も間違っています。店内ではなく、店の外に吊るすべきです」
「あ……いや、最初はそうしていたのですが、雨で汚れるし、埃もつくから……汚れないように店内に吊るすようにしました」
店主の意図は理解できる。だがそれではのれんの意味をなしていないことを説明し、さらにこう伝える。
「のれんの手入れとしては、埃を払ったり、軽くブラッシングでいいと思います。歳月を経たのれんの色が変化し、風合いが変わることが、のれんでは良しとされているのです。年季を楽しむ文化ですから」
「そうだったのか……! それは……知らなかったです。あなたは東方に詳しいのですね」
そこでジョーンズ教授が私のことを紹介してくれた。
それを聞いた店主は「ラーメン、ツケメン……どちらも知りませんでした! でも似たような料理は食べましたよ。ソバです。ご存知ですか!?」と私に尋ねる。
「ええ。ソバ、知っています。ネギ、海苔、ワサビの薬味もおいしいですよね。何よりものど越しがいい!」
「そうなんです! あなたは本物の東方通の方だ。そんな方にお会いできて、嬉しい!」
店主が私にガバッとハグをした。
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