第三十八話:君はどうしてそんなことを!?
朝食後、氷室に入れていたつけ麺のスープを取り出し、幌馬車に積み込むと、早速出発になる。
お昼前に到着した宿場町は、前回の宿場町以上に大きい。ここで一泊して翌日に山越えになるし、今日、山越えをした人達も、この宿場町を利用することになる。よってこれだけ規模が大きくなるのも、当然と言えば当然だった。
当然なのだけど……。
宿も沢山あり、休憩スペースの数も多い。これではゼノビアを見つけ出すことができないのではないか。
「南部でもかなり大きな宿場町なのでしょうか。人が多いですね」
エルも驚いている。
「ゼノビアはすぐ見つかるかしら?」
「昨晩の様子だと、ゼノビア様ご自身も強いからでしょうか。護衛は一人しかついていませんでしたね。もしそれで行動されているなら、この町で目立つことはないでしょう……見つけ出すのは難しいかもしれません」
「そうよね。ピアがそれを知ったら悲しむわ……」
この後、昼の営業に合わせ、チャーシューの調理もある。のんびり探している時間はない。
「チャーシューは私で作れるし、昼間は安全だと思うの。だからエルはピアを連れ、ゼノビアを探してくれない? 伯爵なのだから、安宿に泊まっているはずがないわ。町で高めの宿を当たったら見つかるかもしれない」
「分かりました。……ですがお嬢様、本当にお一人で大丈夫ですか? その……お嬢様は自覚がないと思うのですが……。男性から見てお嬢様は、大変魅力的なので……」
「ありがとう。でも平気よ。昨日、男達をちゃんとお縄にかけたでしょう?」
「それはそうですが」とエルが言っている間に休憩スペースに到着した。だがここは混み合っているので、反対側の休憩スペースに向かい、そこで何とか場所を確保出来た。
その後は荷車を借り、広場まで移動し、私はチャーシュー作り。エルとピアはゼノビアを探すために動き出す。
集中して火力を調整していると、視線を感じる。
「初めて見る調理器具です。蓋にロックがついている。しかもその蒸気穴を今、閉じましたよね!? なぜそんなことを?」
顔を上げると、スーツ姿の男性が、こちらをじっと見ていた。ブロンドをキッチリと七三分けにして、スクエアメガネをかけ、整った顔立ちをしている。長身で肌も綺麗なので、貴族で間違いないだろう。
「あ、突然声を掛け、失礼しました。私、メルボロ大学で化学を教えている、ジョーンズと申します」
これは、「あ、なるほど」だった。大学で化学を教えているなら興味を持って当然。
「説明をしたいのですが、この鍋の中の圧力を均一に保つために、火力を今の状態で維持したいんです。そのために魔法を使い、調整していまして……。火の魔法は集中する必要があるので」
「そうでしたか。ならば私が火力は調整するので、お話を聞かせて頂けますか」
「えっ、あっ、えっ!?」と驚いている間に、ジョーンズ教授は呪文を詠唱する。聞いたこともない呪文だが、炎を見ると……。
驚いた。まるで前世のガスコンロを見ているようだ。炎は完璧にその勢いをキープしている!
「それでこの鍋のこと、教えてくれませんか?」
メルボロ大学の教授と言っていたが、上級魔法の使い手なんだ! しかも私の知らない呪文を使い、炎を完璧に安定させている。
すごい!
「レディ?」
「あっ、はい。えっとですね、この鍋は……」
ということでひと通り説明すると、ジョーンズ教授は真剣な表情で問う。
「スチーム・ダイジェスターを使った蒸気圧の実験の件は、当然知っています。蒸気技術の原理を実証するために作られた実験装置。密閉容器内で蒸気圧を利用し、食材煮込むことができますが……。蒸気穴などなかったはずです」
「そうですね。蒸気穴を開けて火をつけることで、一度沸騰した際、鍋の中の空気を抜くことが出来ます。そこで穴を閉じ、密閉した方が、圧力がかかりやすいのではと考えたのです」
「この安全弁も、スチーム・ダイジェスターにはなかったはずですが」
もしもの過剰な圧力で、鍋が爆発しないようにするためであることを説明すると……。
「君はスチーム・ダイジェスターの実験を知り、蒸気穴を思いつき、安全弁の必要性を考えた。……何者なのですが? とてもただの屋台の店主には思えないのですが」
ジョーンズ教授がなかなかに鋭くて焦る。
「そ、そんなことはないですよ! ただのアイデアマンなだけで。さらに魔法がちょっと使えるので」
「ちょっとではないですよね。君は上級魔法の使い手だ。火力の調整をしているのだから」
これには「そうですね……」と答えるしかない。
「それで。そこまでしてこの鍋、圧力鍋で、君は何を作っているのですか?」
そこで今度はチャーシューについて話す。
なぜ化学の教授にチャーシューのことを語っているのかと、ふと変な気持ちになるが……。
「なるほど。時短ととろけるような口触りの肉にするために……。東方の食べ物のために、わざわざ圧力鍋を作ったと。この肉がメイン料理、なのですか?」
「いえ、そういうわけではなく……」
結局、麺のことからスープ、煮卵のことまで説明すると、ジョーンズ教授は驚愕する。
「君はどうしてたった一つの料理のために、そんなことを!?」
「ええっと、それを問われると困るのですが、食べたかったんです」
「えっ!?」
「私がラーメンを、つけ麺を食べたかったからです!」
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