第三十六話:お嬢様一筋です!
「お嬢様、戻りました!」
エルの声に幌馬車に掛けていた魔法を解く。
幌馬車に使われている布は丈夫であるが、布であることに変わりはない。そんな布に囲まれただけで寝るのは、とても不安なこと。そこで夜、寝る時に硬化魔法を掛けていた。
魔法で強度が増した布は、剣で裂いたり、切ることはできない。
同時に。
布とは思えない重量となるので、それを解除し、私は幌馬車の外へ出る。
ピアは既に寝ているが、時間は二十一時を過ぎた頃。エルや私が寝るにはまだ早かったし、夏が近づくこの季節、日没してからまだ一時間しか経っていない。
ということで幌馬車を降りてすぐのテーブルと椅子に座り、エルと話すことになる。
「男達は警備隊に無事、引き渡しができました。奴らはどうも裏社会と関わりがある者たちのようです。この休憩所まで、乗って来た荷馬車も調べられることになり、それにはかなり焦っている様子。もしかすると密輸品や密売品が積まれているのかもしれません」
「そうなのね。もしそうなら、悪党を潰すことになるわ」
「はい。それとですね、お嬢様が気になるかと思い、ゼノビア伯爵について調べておきました」
エルは本当に優秀!
私が言わずとも先回りして動いてくれたのだ!
「警備隊の到着を待つ間、休憩所の責任者とも話せたので、ゼノビア様について、聞いてみたんです。首都警備隊に所属しているはずのゼノビア様が、こんな場所の休憩所にいる。宿場町でもなく、ただの休憩所なのに。不思議ですよね?」
「そう。そうなのよ。何か理由があったのかしら?」
私の問いかけにエルは「そうですね」と頷く。
「そもそもの話からすると、ゼノビア様は所属としては首都警備隊ですが、実質国王陛下の直属の配下のようなんです」
「それはすごい……あ、でもピアも言っていたわね。国王陛下から与えられた特別権限『即日即罰権』を有し、何人もの悪党を滅したと」
「はい。そして悪党は首都アールだけではなく、様々な場所で暗躍します。本来各方面に警備隊もいますし、領主がいるのですから、お任せしたいところ。ですが犯罪組織はそんな縦割りではなく、フラットに動く。そこに対処する必要があります。またゼノビア様のような人材ではないと、解決出来ない事件もあるわけです」
話が見えてきた。
「つまり今回この休憩所にゼノビア伯爵がいるのは、珍しいことではないのね?」
「その通りです、お嬢様。様々な悪党を追い、この広い国内を自由に動き回っている。それがゼノビア様なんです」
そこで私はもしやと気がつく。
「今回警備隊に引き渡すことになった悪党。奴らは荷馬車でこの休憩所まで来ていたのよね? そしてその荷馬車には、密輸品や密売品が積まれている可能性がある」
「その通りです。ゼノビア様はその悪党を追い、この休憩所にいたのかもしれません」
「なるほど。それなら私を……隣国から来た悪女を探していたわけではないのね」
これにはエルは「はい!そうだと思います!」と応じてくれる。
「私の追っ手かとも思ったわ。でも冷静に考えたら、これだけの大国。国内ではいろいろな事件があるはずよ。どこに潜んでいるか分からない悪女探しより、事件解決よね」
「自分もそう思いました。警備隊の業務は多岐に渡りますが、ゼノビア様は事件解決がメイン。お嬢様を追うのは、人探しになりますよね? よってお嬢様の追っ手ではありませんよ」
これを聞けた私は安堵できた。あんなに素敵で強いゼノビアの敵にはなりたくない!
「それに最初からお嬢様を追っていたのなら、あの場でお嬢様を捕らえますよね? 目の前にいるのに、逃す意味がないです」
「そうね。ピアがいたから気を遣ってくれた……ならば既にピアは休んでいるし、それにエルはあの悪党の引き渡しで私と離れていた。捕える好機を逃すなんて、しないわよね」
「はい。ゼノビア様も上級魔法を使えますし、あの一緒にいた護衛。武術だけで言えば、あの護衛の腕前はマスターか、グランドマスターかと。あのスピードとコンビネーション、相当の手だれです。あの二人を相手では、さしものお嬢様も白旗になるかと。捕えるなら、とっくに捕らえていると思います」
大丈夫と安心すると共に、武術を学ぶエルから見ても、ゼノビアの護衛は凄かったのだと実感する。まさか「マスターか、グランドマスターか」なんてエルが言い出すとは……。ともかくそんな相手に追われていないことに、安堵する。
「ではお嬢様、明日もありますし、自分はそろそろ湯浴みをしてきます」
「そうね。いろいろありがとう。本当に助かったわ。それにピアへのお菓子。軍資金から出してくれて良かったのに!」
「いえ、あれは個人的なギフトですから!」
「なるほど。でもエル、ズルいわ。私にこの素敵なワンピースをプレゼントして、ガッツリハートを射止めておきながら、ピアのハートまで掴むなんて! 女たらしね!」
ちょっとからかうと、エルは顔を真っ赤にしてしまう。
「そ、そんな! 女たらしなんて! じ、自分はお嬢様一筋です!」
まあ、私一筋、だなんて。
エルったら、可愛いことを言う。愛い、愛い!
「ありがとう、エル。それを聞けて安心よ」とクスクス笑いながら伝えると、「本当です!」とエルはますます焦る。
整った顔のエルが困惑する顔は眼福〜!
なんて思っていたら、エルがそっと私の手をとる。
「それにそのワンピース、とてもお似合いです! 自分の想像通り……想像以上で、大変素敵で……」
エルの紺碧色の瞳には、なんだかいつもと違う感情が宿っているように思える。
「エル……?」
ハッとした表情になったエルは「し、失礼しました! 湯浴びに行ってきます!」と答える。
何だかデジャヴを感じる勢いで、休憩所の建物へ向かい、エルは走り出してしまった。
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