第三十五話:美味し過ぎる組み合わせ! 好物です……!
「というか、この女も貴族みたいなふりをしているが、本当は娼婦なんじゃないか。そこの兄ちゃんが買った子連れの娼婦!」
がたいのいい男がこう叫んだ時。私は男にどんな魔法を使い、ぎゃふんと言わせようかと考えていたが。
「わたくしが見て、聞いていましたわよ」
大変艶っぽい声が聞こえた。みんなの動きが一瞬止まり、視線が声の方へと向けられる。
するとそこに見えたのは、色白の肌にストレートの黒髪、そして細身なのに巨乳。黒のマーメイドラインのドレスを着て、黒い瞳を細め、優雅に微笑む女性だった。
ロープで縛られている男たちの鼻の下が、一斉に伸びていた。
その男たちの方へとツカツカとヒールを鳴らし、歩み寄ったグラマラスな女性は、少し屈むようにする。デコルテがしっかり見えるドレスで屈むと、谷間が際立つ。男は、胸の谷間を食い入るように見ていたが、その女性に顎をくいっと掴まれる。
デレ顔になった男に、彼女は悠然と微笑む。
「歯を食いしばっておきましょうか」
「!?」
次の瞬間、何が起きたのかと、その場にいた全員の目が点になる。
まさかそんなことをするとは想像できない女性から、見事なアッパーを受けたがたいのいい男は、その場で気絶。悠然とした表情で彼女は続ける。
「わたくしはゼノビア伯爵。このレストランの二階に併設されている宿の二階から、階下で起きた出来事を見ていましたわ。そこで気絶している男は確かに『おい、クソガキ! カップケーキじゃねんだよ! 俺の服が汚れてんだろうが!』と怒鳴り、この少女の着ているワンピースの襟元を背後から掴み、引っ張りました。しかも少女のことを肩に担ぎ上げ、放り投げようとするのも目撃したわ」
これを聞いた人たちがザワついている。彼らが口にしているのは、男の傍若無人な振る舞いに対する非難の声だけではない。
「ゼノビア伯爵……首都アールの、警備隊のあのゼノビア伯爵!? 国王陛下から与えられた特別権限『即日即罰権』を有し、何人もの悪党を滅したと言われる、あのゼノビア伯爵なの!?」
そう声を上げたピアの瞳が、キラキラ輝いていた。
周りにいたアルシャイン国の人たちからも「なんと、あのゼノビア様なのか!」「新聞でその名を何度も聞いたことがあるぞ」「まさかこんな場所でお会いできるとは……!」という声が聞こえる。
そこで私も記憶を振り返り、この国に来てから読んでいた新聞の記事を思い出す。
『子供を誘拐する組織、ゼノビア伯爵が摘発!』『ゼノビア伯爵が捕らえた連続娼婦殺害犯、死刑確定』という記事の見出しが脳裏をよぎる。
「わたくし、弱者に手を挙げる人間は、大嫌いなんですの。既に南部方面を管轄する警備隊に、連絡を入れました。ご自身がされたことを振り返り、十分反省なさってください」
これにはピアが「ありがとうございます、ゼノビア様!」となり、集まった人たちからも拍手が起きた。私もエルも笑顔で「「ありがとうございます!」」と頭を下げる。
そこでクスリと笑うゼノビアは……カッコいい……!
グラマラスで強い女性。最高!
そう思った時、「ふざけるな、ちょっとばかり有名だからって調子に乗るなよ!」と、男たちの一人が小型のナイフを手に、ゼノビアの背後に迫った。どうやら所持していたナイフを使い、ドタバタに紛れ、ロープを切り落としていたようだ。
ここは私がゼノビアを守ろうと、魔法を詠唱しようとしたが、それより先に動いた者がいる。
もうそれは無駄のない完璧な動き。
足払いをして、体勢を崩した男の肩を、組んだ両手で叩き落とし、落ちた顎を膝で一撃。その一撃に、男は声を出すことなく地面に沈んだ。
ベージュの粗末な布で頭から足首近くまで覆っており、しかも既にこちらへ後ろ姿を見せているため、顔は見えなかった。ただ間違いない。とんでもなく武術に秀でた人間なのだろう。その人物が護衛しているのが、ゼノビアだった。
なるほど。
ゼノビアはグラマラスな美女で強い女性。その彼女を守るのも最強。
美味し過ぎる組み合わせ! 好物です……!
「……アルシャイン国、すごくないですか、お嬢様!? あんな女傑のような方と武道の達人がペアを組んでいるなんて……」
沢山のお菓子を胸に抱きしめるようにして、部屋に戻るゼノビアを見送るエル。
お菓子と騎士。
その姿のギャップがシュール過ぎて、今更だけど、笑いそうになる。
「ピア。エルが沢山お菓子をプレゼントしてくれるみたいよ。受け取って幌馬車へ戻りましょうか」
「エルお兄さん、それ、全部くれるの??」
「はい! ピアがどの味を好きか分からないので、全種類を買ってみました。カップケーキは残念でしたが、これで我慢してもらえますか?」
「カップケーキは残念だし、作ってくれた人に申し訳ないけど……。沢山のお菓子、嬉しい! ありがとう、エルお兄さん!」
お菓子を受け取ったピアと共に、一旦私は幌馬車へ戻る。その一方でエルは気絶している男を起こし、きっちりロープで結わきなおす。そして警備隊が到着するまで、エルが男たちを見張ることになった。
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