第三十四話:落ち着いて穏便に……
子供相手に「クソガキ」と言っている時点で、すぐに柄の悪い連中だと分かった。がたいのいい男の後ろには、同じような体躯の男性が数名いる。
ここはすぐに謝罪し、なんとか穏便に済ませないと。
「おい、クソガキ! カップケーキじゃねんだよ! 俺の服が汚れてんだろうが!」
言葉遣いも荒い。そのことで私は心臓がドキドキしてしまったが……。
ピアはストリート・チルドレンを五年もやっていたのだ。さっきは歌を口ずさみ、愛らしい表情を見せていたが……。
「あやまっているのに、そんな言い方はしなくてもいいのでは!?」
子供とは思えない怖い表情で、男を睨み返した。その目力と眼光の鋭さに……男たちはひるんだ。
「なんだこのガキ……妙に肝が据わってんな……」
「あれじゃねぇ、路上にいるガキ。あいつら、ガキのくせに怖いんだよ」
どうみたって体格からしたら、圧倒的に優位なのに。男たちは、ピアの恐ろしいほど冷静なひと睨みにたじろいだ。
だが……。
「うん、なんだ、この女……すげー美人じゃねぇか」
「本当だ。お貴族様かぁ?」
「いい女じゃねぇか。まさかこのクソガキの母ちゃん……なわけないか。姉ちゃんか?」
そんなことを言い出した男たちが、こちらへと手を伸ばす。そこで私が魔法を詠唱すると、男たちと私の間に炎の壁ができる。
「うわあ、なんだ、突然!?」
「この女、魔法を使えるんだ!」
「いい女が一人かと思ったら、魔法を使えるからか!」
男たちが舌打ちしている間に、私は「ピア!」と声を掛ける。
「フェリスお姉さん!」
炎の壁の切れ間で、ピアが私の方へ来ようとした時。
ピアの体が後ろへと後退する。
「!」
あのがたいのいい男が、ピアの着ているワンピースの襟元を背後から掴み、引っ張ったのだ。
ピアが悲鳴を上げようとしたが、その口を男が押さえる。
同時に。
「これは炎に見えたし、熱を感じたが、本物の炎じゃねぇ!」
「目くらましだ!」
それはその通り。
こんなところで本物の炎を起こして火事にでもなったら大変だ――なんて思っている場合ではない。目くらましと分かったので、男たちが私の方へ迫って来た。
そこで魔法を詠唱しようとすると「魔法を使ったら、このガキ、放り投げるぞ!」と男が叫ぶ。だがそんなこと関係ない。風魔法を一点集中させ、男を吹き飛ばす。そしてピアの腕を掴み、抱きしめる。
「なんだ、この女、魔法も使えるが、頭も回りやがる」
「さっきからその口がうるさいので、閉じてもらいますね」
「!?」
私が魔法を詠唱するのと同時に、残っていた男たちの顔は、木の実を沢山頬張ったリスのように膨れ上がる。単純に風魔法を使い、その場にいた男たち全員の口の中に、風を送り込んだのだ。
鼻で呼吸はできるのに、男たちはパニックになった。
そこに「お嬢様! ピア!」と店から出てきたエルの腕には沢山のお菓子。
どうやらレストランで売っていたお菓子を、ピアのためにエルは買っていたようだ。ここで剣を抜くにはお菓子を地面にばらまく必要があるが、それは勿体ない。
ということでそのまま魔法を使う。
馬をつなぐように置かれていたロープで、全員を魔法でぐるぐる巻きにした。すると「どうした?」と人が集まってくる。
「な、俺たちは悪くない! 悪いのはそこのガキだ! 余所見して、俺にぶつかり、服を汚した!」
「確かにそうです。クリーニング代はお支払いします。ですがあなたは子供に対し『クソガキ』と怒鳴ったり、強引に引っ張ったり、放り投げると脅したり。乱暴が過ぎます」
「そんなことしてねえよ! 言い掛かりはやめてくれ! 目撃者もいないだろうが!」
この世界。何かトラブルが起きた時は目撃者の証言が重視される。だが確かに、さっきあの場にいたのは、運悪くもピアと私だけだった。
「おじさん、汚い言葉を散々吐いたじゃない!」
「このガキはストリート・チルドレンだ。そんな奴の言葉、信用できない!」
「なんだ、ストリート・チルドレンか」
「ちゃんとした服を着ているのに」
「それに一緒にいるのは貴族令嬢と思ったが、違うのか?」
この世界でストリート・チルドレンは、低賃金で使える労働力であり、最下層と蔑む者もいた。ピアは今の言葉に、唇を噛み締め、男を睨んでいる。
「ピア、落ち着いて。男の言葉に乗せられてはダメよ。大丈夫。私とエルがいるから、ピアは何も言わなくていいのよ」
「でも……」
「ピアは私の仲間であり、友であり、弟子なのよ。弟子を守るのは師匠の役目だから任せて」
「というか、この女も貴族みたいなふりをしているが、本当は娼婦なんじゃないか。そこの兄ちゃんが買った子連れの娼婦!」
ピアに落ち着いてと言ったばかりなのに。
私が今の言葉にブチ切れそうになっていた。
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