第三十一話:待って!
翌朝。
棺の中で目覚め、早朝のうちにチャーシューを圧力鍋で煮込み、次の休憩所へ移動するための準備を始めた。スープの入った寸胴鍋、クーラーボックスを幌馬車へと運ぶ。圧力鍋の減圧は移動で行うことになる。
「次の休憩所には順調に行けば、お昼よりかなり前に到着です」
「早く到着する分に問題はないわ。出発しましょう」
ワンピースに着替え、御者席に乗り込み、まさに出発しようとした時。
「待って!」
声に反応し、エルが馬を止める。
どうしたのかと思ったら……。
伸び放題だった赤毛をきちんと切り揃え、ポニーテールにまとめている。古着ではあるが、明るいオレンジのチュニックを着ていた。手には何かの花の鉢植えを持ち、かなり古びた斜め掛け鞄を身に着けている。
「お姉さん、お兄さん。お願いがあって来たの」
「どうしましたか?」
エルが御者席から降りながら、少女の所へ向かう。
「私、昨晩、二人が仕込みをしているのを見て、いろいろ覚えたと思う。だから二人のこと、手伝える。お願い、雇って。弟子にしてください!」
そう言うと少女は勢いよく頭を下げた。
ポニーテールがふさりと揺れる。
「弟子!?」と思わず私が声をあげると、少女は「はい!」と顔をあげた。
「ツケメン作りを伝授して欲しいの。そのために弟子にして欲しい! いつまでもお姉さんとお兄さんに甘えるつもりはないから。いろいろ学んだら、独り立ちもする。だから」
「いいわ。弟子として迎えるわ」
エルがビックリして私の顔を見るが、決意はできていた。
この少女であれば、つけ麺のレシピを教えれば、完璧に覚えて同じ味を再現できる気がする。
だがまだ彼女は幼い。
しばらくは弟子として私達と一緒に行動するのでいいだろう。
少女と別れた瞬間から、心の中にモヤモヤしたものが残っていた。本当に救い出すことはできなかったのか、と。ストリート・チルドレンでいることを良しとしていいのだろうかと、と。
だが少女は戻って来てくれた。
しかも手伝いたい、弟子にして欲しい、つけ麺を作れるようになりたい。それだけではなかった。甘えるつもりはなく、いつか独り立ちもすると言っているのだ。おんぶに抱っこになるつもりはない――ということ。
そんな自立心のある少女を放っておく手はない。少女の人生、しばらく私が預かると、瞬時に決断できていた。
「改めて自己紹介をしましょうか」
エルに手伝ってもらい、御者席から降り、少女と向き合う。
「私はフェリス・ラナ・アイゼンバーグよ。フェリスもしくはお姉さんと呼んで。あなたの名前は?」
「ではフェリスお姉さんで。私はピアよ!」
「ピア、これからよろしくね」
そこで私はエルに目配せをする。
頷いたエルが今度はピアと向き合う。
「彼はエルク・イーソン。エルお兄さんでいいわよね」
ピアとエルが同時に頷く。
こんなところでもやはり二人は、兄と妹のように息が合っている。
「ピアの荷物はそれだけなのね?」
「うん。あとこれはね、庭に咲いていた花なの。もうお家はないけど、種だけ持っていたから、この鉢に毎年植えているんだ。今年も植えたから、また夏になると咲くと思う」
つまりは両親との思い出の品でもあるのだろう。そんな鉢植えを持参しているところは子供らしい。その一方で……。
「ちゃんと身支度を整えて来たのね。偉いわ。じゃあ、出発でもいいかしら?」
「「はい!」」
再びピアとエルの声が揃い、ここは三人で笑顔になる。
こうしてピアが幌馬車の荷台に乗り込み、出発となる。
途中、家具屋に寄り、ピアが幌馬車の中で眠れるように、いろいろと荷台に変更を加えた。棺の上の空間を活用することにして、ロフトベッドを設置。さらに何着かピアの着替えも購入し、休憩所を目指すことになった。
御者席にはエルと私が座り、ピアは荷台にいた。なんだか大きな声で歌っているようで、時々ピアの明るい声が聞こえてくる。
「まさかこの旅にピアが加わるとは思いませんでした。でもお嬢様はピアとの別れを惜しんでいましたもんね」
「私から声を掛けることはできなかった。でもピアが自ら動いてくれたから……。彼女は物覚えもいいし、頭の回転も早い。きっと私達の新たなる仲間となり、友になれると思うわ」
この時の私はそう思っていたけれど……。
休憩所に到着し、昼のつけ麺営業のための準備をしていると、声を掛けられた。
「まあ、あなた達、親子で移動販売をしているの? お父さんもお母さんも若いのに、結構大きなお子さんねぇ」
赤ん坊を抱っこしているこの女性は、休憩所の売店のスタッフだ。
というか、お父さん、お母さん、そして大きな子供……? それはつまり、エルがお父さんで私がお母さん、子供がピアということ!?
「そうなんです! お父さんとお母さんです!」
ピアが笑いながら売店のおばちゃんの話に乗っかるので、エルは「えええええっ!」と顔を真っ赤にしている。西洋人は大人っぽく見えるが、それにしたって実年齢ベースで考えると、大変なことになってしまう。
大困惑するエル、楽しくてならないピア、ニコニコしている売店のおばちゃん。私はとにかくビックリ。
そんな状況ではあるが、昼営業の準備は和やかに進んだ。
お読みいただきありがとうございます!
主人公のもやもやは晴れ、新しい仲間ができました♪
ということで本日もよろしくお願いいたします☆彡
次話は12時頃公開予定です~