第三十話:人生を諦めずに、生きて欲しい
号泣した少女はそのまま泣き疲れ、なんと私の腕の中で眠ってしまった。起こすのは忍びなかったので、幌馬車の中で寝かせることになる。だが……ベッドがないので棺……というのは申し訳ないが仕方ない。そしてエルと私は翌日の仕込みを始めた。
合間に夕食をとり、作業をしていると、目覚めた少女が私に抱きつく。
「目覚めたら、棺の中だった。あまりにも美味しい物を食べて、天に召されたのかと思ったけど……。私、生きている……?」
なんて問う事態になり、ここは本当に申し訳なく思う。
「生きているわよ。大丈夫。私達も訳ありの旅をしていて、ベッドがなくて……」
「でもいい香りがしたよ。花なんてないのに、花の香りがして……」
これには本当に申し訳ないと思ったが、少女は私達がしている仕込みに興味を持ち、あれこれとやってみたいと言い出す。
どうやらひと眠りして、元気が回復したようだ。
麺づくりの作業をエルと一緒にやると、二人は兄妹のようにはしゃぎながら粉を混ぜ、捏ねてと楽しそうにしている。チャーシューの圧力鍋には興味津々であるし、煮卵のタレ作りも手伝ってくれた。
そこで時計塔の鐘が鳴り、二十時になったことを告げる。
トレリオン王国の王都では、時計塔の鐘の最終は二十一時だった。だがここは宿場町で、旅人や移動をする者が多い。日の出と共に動き出す人も多いため、早寝が多いのだろう。二十時という早めの時間の鐘だった。
だが区切りとしては丁度いい。
少女は十二歳。家へ戻り、休む時間だと感じた。
「いろいろ手伝ってくれてありがとう。もう仕込みはほとんど終わっているわ。これはお手伝いをしてくれたお駄賃よ」
「……! 私、お兄さんと遊び半分でやっていたのに。……いいの?」
「楽しそうだったけど、手伝ってくれたから、仕込みが順調にできたのよ。助かったわ。ありがとう」
私の言葉に笑顔になった少女は、差し出した巾着袋を受け取る。
これは……正当な労働の対価。
決して餞別ではない。
それでも。相場よりかなり多めになっている。
一時しのぎでは意味がない。支援するなら継続が大切と分かっていても……。
少女の名は聞いていない。聞いてしまえば情が移ると思ったからだ。少女も名乗らないので、その名を知らぬままの別れとなる。
「お姉さん、お兄さん、ありがとう。二人のおかげで私……美味しい物を食べられた。それと労働するって、大変だったり苦しかったりだけではないと、分かった気がする。今日、二人に会えて……よかった!」
「自分もとても楽しい時間を過ごせました。君は手先も器用だし、物覚えもいい。きっとどこのお店でも雇ってくれると思います」
エルの言葉に少女は照れ臭そうにする。
「『お金を払って。盗んだり、人を騙したお金ではなく』……なんてキツイ言い方をしたのに、あなたはめげなかった。つけ麺を食べるため、煙突掃除を頑張って、お金を手に入れた。その行動力があれば、仕事先もちゃんと見つかると私も思う。だからこれからも人生を諦めずに、生きて欲しいわ」
「お姉さん……!」
少女が私にぎゅっと抱きつく。
この世界に兄はいても、妹はいない私。そしてその兄も父親の商会のために、船旅に出ている。そして前世でも一人っ子だった。ゆえにこんな風に甘える少女は……妹がいたらこんな感じなのかと感慨深い。
「お姉さんとお兄さんもこれからの旅、気を付けてね」
十二歳の少女。しかもストリート・チルドレン。それなのにエルと私を気遣う言葉をかけられるなんて……胸が熱くなる。
空のマッチで騙していたことも。それも両親を亡くし、仕方なく必死に生きているための手段だった。性根は悪い子ではない。
それが分かるだけに、別れは辛い。でも仕方なかった。エルと私は訳ありの旅なのだから……。
「「ありがとう!」」
エルと声が揃い、そして――。
「バイバイ!」
「バイバイ」「バイバイ」
手を振ると少女は、広場から駆けて行く。
「お嬢様」
「!」
エルにハンカチを渡され、自分が泣いていたことに気付く。
「やっぱりお嬢様は優しい方です」
「エル……」
優しい。本当にそうなのだろうか。私は少女がストリート・チルドレンだと分かっているのに、また同じ生活へ戻るのを良しとしてしまった。
「孤児院へ行くことも、仕込みの最中にやんわり提案しましたよね。そこで孤児院へ行くかどうかは、少女が決めることです。五年間、今の生活をしていたということは、生きる力がある子なのだと思います。そして労働のネガティブなイメージは払拭されたのですから……。きっとこれから良い人生へ向かうと思います」
「そうよね。私は……こんな身の上だし、あの子を救うことはできなかった。でも少しは道を示すことができたのかしら……」
「できたと思います。今のお嬢様の立場でできることをされたかと。中途半端に関わったわけではないと思います。同情や自己満足の行動とは思いません」
「ありがとう、エル。仕込み完了まであと少しね。頑張りましょう」と私が言うと、エルは「ええ、そうしましょう」と微笑む。
幼い少女の笑い声が聞こえなくなり、なんだか心にぽっかり穴が開いた気分だった。
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旅は道連れ世は情け。人情屋台ラーメンの旅は続く……!
ということで次話は明日の7時頃公開予定です~
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