第三話:公爵令嬢、貴様のことは……
「フェリス・ラナ・アイゼンバーグ公爵令嬢、貴様のことは」
ロスの目がオドオドしている。
「き、貴様のことは……ざん……、こ、国外追放にする!」
これを聞いた瞬間。
私はガッツポーズをしたくなっている。
婚約破棄と断罪はなされた。
でも斬首刑は免れたのだ!
繰り返し繰り返し、悪夢の話を聞かせた甲斐があった。
私はつい、ニヤリと笑顔になる。それを見たロスは、十二年前のあの日のように、顔をサーッと青ざめさせた。
「婚約破棄と国外追放、謹んでお受けします。では私はこれで失礼いたしますね。すぐに国外に行きますので」
そう答えてカーテシーをする私を誰も止めることはない。本来ならここで、ロスに命じられた彼の近衛騎士が私を捕えるが、それもなかった。
そのまま私がエントランスに向かい、歩き出すと……。
「お、お嬢様! これは一体全体、どういうことですか!?」
そう私に声を掛けるのは、私の専属の護衛騎士のエルこと、エルク・イーソンだ。
戦場にいるわけではないので、甲冑ではなく、革製の胴鎧と籠手、そして黒のスリムなズボンに脛当てという軽装備のエルが、私のところへ駆けてくる。
アイゼンバーグ公爵家の私設騎士団に見習いとして入り、剣の腕を認められ、私の護衛騎士に抜擢されたエルは、侯爵家の次男で現在十六歳。魔法のランクは中級であり、ホワイトブロンドに、少し垂れ目の紺碧色の瞳。見るからにいい人な好青年だ。
「どうもこうもないわ。私、ロス第二王子から婚約破棄されて、国外追放にされたの。でも学院は卒業出来ている。そして妃教育からは解放されるし、何より私、ようやく自由の身よ!」
「なっ……こ、婚約破棄されたのですよ!? しかも公爵令嬢を国外追放……! 旦那様が、旦那様がショックを受けると思います」
そこで私はフェリスを溺愛する父親を思い出す。
前世で乙女ゲームをプレイしていた時、父親はどんな人物だったかを。
悪役令嬢であるフェリスが斬首刑になった時、彼女の父親は……烈火の如く怒り狂い、反乱を起こす。しかし最終的にロスとヒロインにより、殲滅されてしまうのだ。
ゲーム内では「これで僕達を邪魔する悪魔はいなくなった……!」でエンディングソングが流れるが……。
冗談ではない。あんなに娘想いの父親を無駄死にさせるわけにはいかない。
「お父様が動き出す前に屋敷へ帰らないと」
「そ、そうですよ! 旦那様はたとえ王家が相手でも、今回の件、許さないと思います!」
そう。だからこそ今すぐ宥めに帰らないと!
こうして大急ぎで屋敷へ戻り、報告を行うと……。
「何!? 婚約破棄、だと!? そんな話、聞いておらんぞ! 何をあの若造は偉そうなことを! フェリスほどの有能な才媛はいないと言うのに! 今すぐ国王を問い詰め」
「お父様、お待ちください」
「待つ!? その必要はない。なんなら今すぐ」
ゲームでは見ることがなかった悪役令嬢のパパの激昂ぶり。このままでは国王も含め、ロスとヒロインを抹殺しようとするだろう。
そこを何とか収めさせるのは、一苦労だった。
「確かにフェリスが言うことは一理ある。そもそも私はあの無能第二王子との婚約は反対だった。それにフェリスは、王太子との婚約が予定されていた。だがあの第二王子、王太子とフェリスの顔合わせの茶会に乱入し、挙句、『僕がフェリスと婚約する』と言い出した! 国王は王太子である長男には厳しく、次男の第二王子には甘かった。こちらは折れて第二王子の婚約者になることを受け入れてやったと言うのに……」
父親が心底悔しそうに歯軋りをした。その無念さはひしひしと伝わってくる。王太子の婚約者にと、いくら父親が願ったとしても。ここは乙女ゲームの設定もあり、叶うことはなかった。
「お父様が分かっている通り、ロス第二王子は、無能……いろいろと足りないところがあります。よって婚約破棄されて正解かと。王族との婚約、公爵家からの破棄ですと、外聞も悪いですから」
「それは理解している。だがなぜ国外追放に」
またもや父親を宥めるために三十分を費やす。
「私は悪女として追放されることになります。最初は周辺国も警戒するでしょう。ですがほとぼりが冷めた頃、私の価値に気が付くはずです」
そう。ロスは斬首刑の代わりに国外追放を言い渡した。しかし実はとんでもない判断であることに、本人は気付いていない。
なぜなら私は妃教育を既に十年以上受けている。第二王子の婚約者として、社交も外交も完璧にできるよう、みっちりいろいろなことを叩きこまれたのだけど……。同時に、様々な王家の秘密も知ることになったのだ。
例えば王宮から街中へつながる秘密通路のこととか。王家で代々伝わるあれやこれやとか。
前世のように秘密保持契約書なんてないわけで。いずれかの国がトレリオン王国をどうかしたいと思ったら、私の知る知識は役立つことになるのだ。
「つまりしばらくはひっそり身を潜め、いずれかの国の王侯貴族と結婚するつもりなのか……?」
「はい。そのつもりです。その際は、アイゼンバーグ公爵家の一族郎党全てを引き受けられるような相手を選びます」
「なるほど。……我が一族はそのルーツを王家に持つ。が、今回のような振る舞いをする王家のことは、見限った。いつでもこんな国は捨ててやる。よかろう。フェリス。国外追放されたとは思わず、婿探しと思い、いずれかの国に行くといい」
こうしてなんとか父親を落ち着かせ、国外に出る話し合いはまとまった。
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