第二十九話:美味しいご飯が食べたい……
あんなに痩せ細った体で、煙突掃除を頑張ったのだ。座って待っていていいと言ったのだが、少女はつけ麺を用意するエルと私の様子を側に来て見守った。
今回、エルが初めて湯切りに挑戦。
何でも器用にこなすエルは湯切りも完璧だった。その様子を見た少女は「お兄さん、すごい!」と笑顔で拍手している。
こうして遂に本日のラスト一食のつけ麺が完成した。
「わあ、この麺、なんだか金貨みたい!」
「君は金貨を見たことがあるのですか」
エルが尋ねると、少女は首を振る。
「でも金貨は、実った小麦畑みたいに輝いているって聞いたから、きっとこんな風なんだと思う。それにこの玉子。真ん中がとろとろで綺麗なオレンジ色で、いつも見ている夕陽みたい。スキャリオンの緑と、この美味しそうなお肉のピンク。色もとっても綺麗……」
少女の瞳がキラキラ輝いている。
「お肉……お父ちゃんとお母ちゃんが生きている時も、滅多に食べられなかった。誕生日の時のご馳走」
ゴクリと少女が喉を鳴らし、私は「どうぞ、召し上がってください」と微笑む。
「ありがとう……いただきます」
すっかり使い方をマスターしたエルから、少女は箸の持ち方を習う。初めての箸なのに、少女は器用に手に持つと、ゆっくりと動かし……。
まずはチャーシューをつまむ。ちゃんとつまみ、口元へ運ぶ姿を見ていると、エルとの共通点を感じる。
つまり物覚えがよく、間違いなく地頭がいい子だった。
「そんなに勢いよく食べて、喉に詰まらないですか!?」
エルが尋ねる間にも、少女はチャーシューを食べ終えている。
「どう、美味しい?」
私が尋ねると、少女はエルのように瞳を潤ませる。
「……美味しい。口の中でとろけた。うんと昔に食べさせてもらった、コットンキャンディみたい。お肉ってこんなに柔らかくて、口の中にじゅわーっとするって、知らなかった……」
そこで少女はため息をつく。
「あまりにも美味しくて飲むようにして食べちゃった。もっとゆっくり食べればよかった……」
「ではそちらのニタマゴをゆっくり食べるといいですよ。スープにつけたメンと絡めて食べると、美味しいです」
エルに励まされた少女は、器用に箸で麺をつまみ、上手にスープに入れる。
「ずっと行列で並んでいる時、食べている人を見ていたから。もう食べ方は分かる」
そう言うと少女は、麺をすするも見事にやりきった。ちゅるっと綺麗に少女の口へと麺が吸い込まれていく。
見ていたことをちゃんと覚えているところ。覚えたことを再現できるところ。やはりこの子は地頭がいい!
「はむっ」
煮卵にかぶりつくと、少女は「ううん!」と唸った。「おいしっ!」と叫び、慌てて、麺をすする。
「!!!」
声は出していない。だが口の中で出会った麺と煮卵のマリアージュに感動している様子、それは表情から伝わってくる。
少女が煮卵、麺、煮卵、麺のループを繰り返す。
「ニタマゴ、最高……」
少女は宙を眺め、瞳をうるうるさせる。
その姿はまさにエルそっくり。
だがすぐにつけ麺に視線を戻し、残りの麺と煮卵をぺろりと平らげた。
「……美味しかった。本当に美味しかった」
少女が繰り返し、私は笑顔で「よかったです」と伝える。
すると……。
「空箱のマッチなのに、売っているふりをして、お金を手に入れて。そのお金で買った物を食べても……あんまり美味しく感じられなかった。心のどっかで、悪いことしているって分かるから……」
悪いことをしている自覚はあった。それでも日々、生きて行くために。どうしても人を騙していたことを、少女が認めた。そして悪いことをして手に入れたお金で買った食べ物。それがどれだけ味気ないものだったのか。今の淡々とした口調からでも、強く伝わってくる。
間違いない。この少女は地頭もよく、真面目な性分なのだと。
「でも今食べたこのツケメンは……。煙突掃除。初めてやったけど、煙突の中へ入るの、最初は怖かった。でも給金が高いって言うし、子供は重宝がられると聞いていたから……。頑張ったよ。ツケメンを食べたかったから。だからかな。ツケメンは本当に美味しいと思うけど、煙突掃除を頑張った分、さらに美味しく感じた……」
これにはエルと顔を見合わせ、声を掛けることになる。
「一生懸命に頑張ったことへの、ご褒美効果もあったと思うわ。労働した後に食べる、味付けのしっかりしているつけ麺は、旨さが増すと思うの。頑張ればこんな風にまた、美味しくご飯を食べられるわ。もうマッチの空箱を見せてお金や物を騙し取るのは止めては?」
「そうだね。……お姉さん、私……美味しいご飯が食べたい……」
そこでボロっと涙をこぼした少女は、わんわんと泣き出す。
「クソばばぁ」なんて言って、あっかんべーをしていた少女だったが、それは空元気みたいなもの。本当はいろいろと不安で、寂しくて、辛かったのだ。
その小さな体を再び抱きしめる。そして願うことはただ一つ。ここは女子が喜ぶ乙女ゲームの世界。前世のように辛い人生を歩むのは、悪役令嬢である私一人で十分だ。
どうか、この少女には幸せな未来が訪れますように。
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次話は18時頃公開予定です~