第二十八話:たった一度では……
「まさかお嬢様が、ツケメンを食べたいならお金を払ってと言うなんて……驚きました。でも何か意図があるのですよね?」
少女が去った後、片付けをしながらエルに問われた私は苦笑するしかない。
「エル、あなた、私を買い被り過ぎよ」
「えっ!」
「意図なんてないわ。つけ麺を食べる。そのつけ麺には原価がかかっているのよ。人件費は目をつぶったとしても、タダでは作れない。当然、代金は払ってもらわないと」
私の言葉にエルは「ええっ……」と動揺している。その様子が何とも言えず、笑いそうになりながら、でもちょっとだけ真面目に語る。
「あの少女のことを可哀想と思い、つけ麺を無料で食べさせても、それはその場しのぎよ。だって私達、この町から移動するでしょう。少女の空腹を満たせても、それは一度だけ。もしも彼女を本当に助けたいと思うのなら、最後まで面倒を見る覚悟で、手を差し伸べる。それが出来ないなら、何もしない。中途半端は救いにならないと思うの」
「お嬢様……!」
広場に設置されている水場は、自由に利用出来た。そこで洗い物をしているエルは、私の言葉にその動きを止めた。
「そんな考え方をされていたのですのね……。厳しいかもしれませんが、今のお嬢様の立場を考えたら、間違った判断ではないと思います。もしも公爵邸に住まう以前のお嬢様なら、ツケメンを振る舞い、そしてあの少女を下女として雇ったりしたわけですよね?」
「そうね。あの子は頭がいいと思うわ。両親を亡くして天涯孤独なのに、とても逞しい。しっかりしている。下女とは言わず、侍女になれるよう、サポートしたでしょうね」
しかし今の私は国外追放され、追っ手から逃げているような状況。とても侍女を雇うことは出来ない。それなのにたった一度の食事だけ与え、そのまま放置なんて……。しかも少女は人を騙し、お金や物を手に入れているというのだ。たった一度でもそれを良しとするのは、少女のためにはならない。
「盗んだり、誰かを騙して奪ったお金での支払いは許さない――そこまで言い切ったお嬢様の気持ち、よく分かりました。それにたった一度だけの親切。それは……本当は親切、というより自己満足に過ぎないのかもしれませんね」
「ええ。一度ではなく、持続的に行うことが大切だと思うわ」
そんなことを話しながら後片付けを進めた。
用意していた食器の数は限られていたので、洗いながら回していたこともあり、洗い物もほどなくして終わる。
「お嬢様。本来の予定では、洗い物が終わったら、次の休憩所まで移動でしたよね。でも少女がくるかもしれない。だからこのままここで待つのですよね?」
「そうね。一食分のつけ麺。残してあるわ。予定が狂ってごめんなさい」
「! お嬢様、そこは謝るところではありません。そもそも自分達の予定は緩やかなものですよね? 追われているかもしれませんが、自由ですから」
少女がつけ麺を食べるため、戻って来るのか。戻ってくるからには、誰かから騙しとったわけではないお金を持参する必要ある。それができるのか。つまり即日で現金を手に入れられるのかと言うと……。
この世界、ストリート・チルドレンの存在は当たり前だった。ゆえにもし道具があれば、靴磨き。それに町のあちこちに小物を歩合制で売り、即日払いをするような仕事もある。正式な労働契約もないような仕事ではあるが、即現金が手に入るので、その日暮らしの子供の命綱にもなっていた。
ということで戻るか分からない少女を待つ間、エルは風魔法の習得に励み、私は洗濯物をして過ごす。
そうしていると、時は刻一刻と流れ……。
空が茜色に染まり始める。
「お嬢様、どうしますか? 宿はチェックアウトしてしまいました。ですがここは大きな宿場町ですし、宿の数も多いので、探せば部屋は見つかるかと。棺で寝るよりベッドにお休みになられた方がいいですし、ちゃんと入浴もできますよね」
「そうね」
「夕食のことも考えないとですし、その後は仕込みもしますよね?」
仕込みをして完成したものを運びながら移動し、明日は次の休憩所で営業だろう。
少女を待つと言っても、私達自身のことも考えないといけない。そこで宿へ向かう準備を始めた時。
「ツケメン、食べさせて!」
息を切らした少女の声が聞こえる。
振り返ると、顔や服も煤にまみれた少女が、こちらへと駆けて来た。そして真剣な表情で、その焦げ茶色の瞳で私を見る。
「煙突掃除で稼いだお金。これでいい!?」
少女が私の手にコインをのせる。
煙突掃除は子供が主戦力の仕事の一つだった。何せあの細長い煙突の中に入る必要がある。大人では難しい。
「こんなにいらないわ。これだけあれば十分よ。……エル、今すぐ火を起こしてもらえる?」
「勿論です!」
エルが火を起こしている間に、少女を水場へ連れて行き、濡れタオルで煤を落とす。
ブラシで髪をとかすと、その赤毛は耳の下あたりから自然にウェーブを描き、とても可愛らしい。
もし両親が亡くなることがなければ、その愛情を一身に受け、笑顔で育つことができただろうに……。
「今、いくつなのかしら?」
「十二歳」
これは衝撃だった。八歳ぐらい、もっと下かと思ったら……。
栄養不足で全然成長できていないと理解する。
「ご両親が亡くなったのは……」
「五年前」
五年間。
五年間ずっと。
この少女は一人で生きてきたの……?
「よく、頑張ったわね……人を騙すなんて方法、許されることではない。できれば今日みたいにちゃんとお金を稼いで欲しい。ただそれでも本当に。あなたが生きていて良かったわ」
その体をぎゅっと抱きしめると、あまりに軽くて、私は泣きそうになる。だがそれを我慢し、こう告げる。
「つけ麺、用意するから。座って待っていて」
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