第二十六話:愛い! 愛い!
圧力鍋を放置している時間を使い、エルと今回のチャーシュー作りを振り返ることにした。
「お嬢様、分かった気がします」
「? 何が分かったの、エル?」
「圧力鍋は蒸気穴を閉じることで、パンパンの状態です。これは先程お嬢様が言っていたことを考えると……圧力調整のため、蒸気穴を開閉するよりも、火力の調整をした方がいいのではないでしょうか?」
これには「あっ!」だった。火力の調整は、火の力を制御する必要がある。だがこの世界にガスコンロはない。そして魔法による火のコントロールは難しい。何より火を扱う魔法は上級魔法になるため、エルが圧力鍋の調整をするなら、蒸気穴の開閉と思ってしまった。
でも蒸気穴の開閉は、火傷、煮汁の吹き出しの危険がある。さらに急激な圧力低下になる可能性もあり、かつ再び圧力を上げるのに、時間を要するリスクもあった。
「そうね。エルの言う通りだわ。抜けていたわね、私」
「お嬢様、それは違います。この圧力鍋、お嬢様はあの本を参考にゼロから作り出したのです。それだけでもすごいこと。魔法もさることながら、そのチャレンジ精神にも心を打たれました。アイデアは出せてもそれを形に出来ない──それはよくあることです。でもお嬢様はそこを超えている。細かな判断違いが出ても、それは自分が気づけばいいではないでしょうか。お嬢様と自分は仲間であり、チームですよね? お嬢様一人が、何もかもを背負う必要はありません」
そこで言葉を切ると、エルが頬を赤くする。
「こんな自分ですが、少しは頼ってください、お嬢様」
あ、泣きそう。
こんな言葉を言われたら……やっぱりエルのこと、抱きしめたくなってしまう!
いかん、いかん、セクハラになる!
「ありがとう、エル。でも手動の火力調整はなかなか難しいわよね」
「はい。そこで火の方ではなく、空気で、風で調整してみます。そちらのコントロールも上級魔法ですが、火を制御するより、出来る可能性があるかと」
これにはビックリ!
魔法のランクの区分はあるが、狭間のレベルの魔法もある。まさに空気……風を扱う魔法がそれだ。中級魔法の使い手が、まさに頑張れば出来るかもしれない魔法の一つだった。
というか。
チャーシューを作るために、上級魔法を習得しようと考えるなんて……! 申し訳ないような気持ちになるが、習得出来たら便利な魔法であることは確か。ここは……。
「無理はしないでね、エル。でもそのチャレンジ、私は応援するわ!」
「ありがとうございます、お嬢様! もしよければ、お嬢様から指導を受けたいのですが……」
「勿論! 私なんかでいいのか少し不安だけど」
するとエルは瞳をキラキラさせ、私を見る。
「お嬢様は自分に言ってくださいましたよね。『もうここで頼れるのはお互いしかいないの』と。お嬢様を頼ってもいいですか……?」
くぅーっ! エル、愛い、愛い!
その頭を撫で撫でしたくなるっ!
いいや、ダメよ。それはセクハラになるから!
「頼っていいわ、エル! 私達は仲間であり、チームであり、友なのだから!」
ということで圧力鍋が落ち着くまでの時間を使い、風の魔法のコントロールについて、エルにレクチャーをした。
「お嬢様、ありがとうございます!」
「役に立てて嬉しいわ」
「圧力鍋はそろそろどうでしょうか……?」
「いい頃合いだと思うの。確認してみましょう!」
こうしてまずは鍋にそっと触れるが、三十分以上経っているのだ。熱くはない。
「大丈夫そうよ。でも念のためで、蒸気穴から開けてみましょう」
「そうですね」
蒸気穴を慎重に開けるが、そこから蒸気が出てくることも、煮汁が吹き出すこともない。
「お嬢様、これは……」
「完成したと思うわ。蓋を開けるわよ」
エルが神妙な表情で「はい」と頷く様子を見ると、そのあまりにも生真面目そうな表情に、ほっこりしてしまう。たかが圧力鍋を開けるだけなのに、こんなに真剣になるなんて……!
やっぱりエルは可愛い!
ではなく。
そこで蓋をゆっくり開けて行くと……。
濃厚な旨味を予感させる香りが鼻孔に飛び込んできた。
どこかスパイシーで、食欲をそそる香り。
朝食をしっかり食べたはずなのに、お腹が空いている気持ちになるのだから、不思議だ。
「お嬢様、とんでもなく美味しそうな香りがします……」
エルが紺碧色の瞳をうるうるさせる。
「味見をしましょう。間違いなく美味しい予感しかないけれど」
こうしてスライスしたチャーシューをエルと共に食べて見ると……。
「「柔らかい」」
味より先に肉のほどけるような柔らかさに感動してしまう。しかもじっくり染み込んだ味は、噛み締めるとジューシーに口の中に溢れる。噛む度に感じる味わいは、いつものチャーシューとは全然違う。エキゾチックで何だか複雑で深い旨味が凝縮されている……!
「エル、どうかしら!?」
横を向くとエルは宙を眺め、瞳を潤ませている。
「美味しいです。ニタマゴに続く、チャーシュー。この世にこんなに味わい深いものがあるとは……知りませんでした。お嬢様について来て良かったです……。一生お供します」
どうやらエルの胃袋をガッツリ掴めたようだ……!
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