第二十五話:負けられない戦い~チャーシュー作り~
翌日。
顔を真っ赤にして部屋を飛び出したエルだったが、朝から剣術の練習を行い、朝食の席に現れた時は、いつも通りだった。
いつも通り……なのかしら?
なんだか紺碧色の瞳は常にキラキラとして「白パンもございますよ、お嬢様」「お嬢様、バターも注文しますか?」「紅茶のおかわりは大丈夫ですか、お嬢様?」とやたら世話を焼いてくれるのだ。エルは護衛騎士であり、仲間であり、友であり、そしてラーメン屋のスタッフ。一人で四役こなしてくれているが、ここに「従者」や「メイド」のような役割を押し付けるつもりはないのだけど……。
ただ本人が私の世話を焼くことで、なんだかとても生き生きとしているのだ。「そんな気を遣わないでいいのよ、エル」とは言いにくい。しかも昨晩のことで「お嬢様はセクハラです!」なんて言い出していないのだから(セクハラの概念はないけれど)、余計なことは言わないでおこう……ということで世話焼きになってしまったエルと、再び休憩スペースへ移動。そこでチャーシュー作りを再開することになった。
「いよいよ圧力鍋の出番ですね!」
「ええ。マリネはしっかりできているから、ここからは負けられない戦いよ」
私の言葉にエルのキラキラな瞳は収まり、代わりにキリッと凛々しい表情になる。こういう時のエルは実に騎士らしいと思う。ここが本当に戦場なら、他の騎士達の先頭に立ち「我に続け、数多の精鋭達よ!」なんて鬨の声を挙げそうだ。しかもとんでもなく様になると思う。
ではなく!
「お嬢様、圧力鍋を使う時は、この蒸気穴で調整するんですよね?」
本来は調圧バルブがあり、圧力を調整すると思うのだ。しかもそれは自動でできるはず。前世で使っていた圧力鍋は、電気式ではないが、そうだった。しかーし! スチーム・ダイジェスターにはそもそも蒸気穴がない。圧力の調整は考えられていなかった。ゆえに調圧バルブの仕組みが分からない……(涙)。
結局、魔法で道具を作れても、仕組みが分からないと、作り出すことができないのだ。家電メーカーの開発をしていましたが、異世界に転生しました!ならなんでもできそうだけど(あくまで私のイメージ)、そうではないので、本当に大変! ということで上級魔法で私は火力を調整できるが、エルはできない。そこで圧力の調整は、蒸気穴でするのでどうかと考えたのだ。
「今のところ、蒸気穴で調整を考えているわ。そして圧力計があればいいのだけど、それはないから……。でもだいたい十五分ぐらいで蒸気が出るから、そこで蒸気穴をスライドして閉めるようにするでしょう。あとは三十分ぐらい、圧力がかかり過ぎていないか、様子を見ながらになるわ」
前世で使っていた圧力鍋は、多分鍋の中の空気を一度抜き切り、そこで蒸気穴が自動で閉じ、密閉状態で圧力がかかっていくと思うのだ。でも蒸気穴が自動で閉じる仕組みもよく分からないため、手動になってしまう……。もう少し科学の知識があったらと思う。それにヒロインのようなチート設定が悪役令嬢にあったらと思うが、現実は厳しい。悪役令嬢の場合、ご都合主義で物事が全て運ぶわけではなかった。
「分かりました! ではまずお肉を鍋に入れて……」
「今回はまず、エルにチャーシューがどんなものであるか知って欲しいから、私がひと通りやってみるわ」
もし初めてのチャーシュー作りを、完成品も見ていないエルが挑戦し、失敗したら。本人はとても責任を感じると思うのだ。エルは何も悪くないのに。よって失敗経験は私が積めばいいということで、チャレンジすることにした。
といっても圧力鍋にマリネした豚バラ肉を入れ、水蒸気が出るまでは平和な時間だ。休憩スペースの様子を確認すると、昨晩ここで一泊した人達が、出発の準備を始めている。
荷馬車、幌馬車、馬車の移動は日中がメイン。チャーシューが成功し、昼時に魚介系つけ麺の販売をするなら、広場へ移動した方がよさそうだ。
この世界、王都や首都では規制が始まっている。露天や屋台などの路上販売、行商人などの移動販売は、課税のため許可制に。だが地方都市ではまだそんな規制はない。それに王都や首都でも規制が始まっているのは、ほんの一部のエリア。ガチガチにしてしまうと、民衆から反感を買う。「また国は俺達から金をむしり取ろうとするのか!」と。
「お嬢様、なんだか湯気が出てきました!」
「あ、そうね」
「それに『シュー』と音が聞こえています!」
エルがワクワクした様子で圧力鍋を眺め、私は蒸気穴を閉めるタイミングを窺う。そして――。
「行くわよ!」「どうぞ、お嬢様!」
そこで蒸気穴を閉じる。ここからは三十分近く、魔法で火力を一定になるよう調整することになる。もし鍋に不穏な動きがあった場合は、蒸気穴とは別につけている安全弁で、蒸気を一気に逃す。
こうしてハラハラドキドキの三十分が過ぎるが……。
「お嬢様、完成ですか!?」
「待って、エル! すぐに開けると蒸気がブワッときて、大火傷になるからダメよ」
「なるほど。では一旦、火からおろし、テーブルの上で放置ですか?」
私が頷くと、エルはミトンをつけ、圧力鍋を移動させてくれる。圧力ピンはついていないので、このまま三十分ほど放置だ。
「蒸気を逃すため、安全弁を使ったり、蒸気穴を開くのはどうですか?」
エルはやはり地頭がいい! 言わずとも思いついてくれる。だかしかし。
「蒸気は自然に落ち着くのを待つ方がいいわ。余熱で肉に味が染み込むでしょう。それにお肉も柔らかくなる。蒸気が急に逃げて温度が急速に下がると、お肉も縮んでしまうと思うの」
「なるほど! さすがお嬢様です。そこまで思い至るなんて」
前世知識を覚えていたに過ぎないが、エルに褒められるのは嬉しい。そしてこれから言うことは、私の前世失敗談。マニュアルを読まず、やらかした失敗だ。
「それに無理に蒸気を逃そうとすると、中の汁が吹き出す危険もあるわ」
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次話「第二十六話:愛い! 愛い!」は12時頃公開予定です~♪























































