第二十四話:自分には勿体ないです!
エルはやる気満々で、用意したマリネ液を豚バラ肉に塗り込み、糸で縛る作業も完璧にこなす。
「これもまた、一晩漬けこむ必要があるから、チャーシューの作業はここまでよ」
「分かりました! 次は……麺の作業……にはまだ早いですね」
「食事にしましょう。今日泊まる宿の一階、居酒屋兼レストランだったわよね」
こんな感じでこの日の仕込みも順調。
しかもこれだけ大きな宿場町なので、様々な国の人々がいる。今日は幌馬車で寝泊まりしなくてもいいだろうと、宿に部屋をとっていたのだ。
ということで宿にあった居酒屋兼レストランで夕食をとり、その後、麺も仕込み、煮卵も完了し……。
「お嬢様、終わりましたね」
「ええ。スープも宿の氷室に置かせてもらえたから良かったわ」
スープ、麺、煮卵、チャーシュー。その準備が終わった。
今回、チャーシューの行程が加わったが、エルの作業効率がアップしているので、昨日とほぼ変わらない時間で終えることが出来た。
ちなみにマリネ液に漬けている豚バラ肉は、クーラーボックスに入れている。調理器具などは幌馬車に入れ、馬車ごと宿の馬丁に預けているが、クーラーボックスは念のためで部屋に運ぶことにしている。
ということで作業をしていた休憩スペースから宿の部屋に戻って来た。
エルがクーラーボックスを持っているので、部屋の鍵は私が開ける。
「今、ランプをつけるわ」
「はい」
そこでランプをつけると、淡い光に室内の様子が浮かび上がる。
天蓋付きベッドなどではなく、シンプルなベッドとクローゼットに、一人掛けのテーブルと椅子という部屋なのだけど……。
ベッドに何かが置かれている。
何だろうと思い、トコトコとベッドに向かうと……。
「! エル、これはワンピースね!」
「はい。……墓守りの奥さんに買いに行ってもらったワンピースなどもありますが、どれも古着だったので……。本を買いに行った時に、ブティックに立ち寄り手に入れました。ちゃんと新品ですが、お嬢様が気に入るかどうか……」
「明るい空色に白いフリル。普段、こんな可愛いデザインは着ないけれど、着てみたいとは思っていたのよ」
まるでヒロインが着るような甘めのデザインで、私は嬉しくなっている。
というのも悪役令嬢であるフェリスが着るドレスは、原色系がメイン。特にイブニングドレスは、必要以上に露出も多いものばかり。でもそれが乙女ゲームの世界の設定だったので、半ばあきらめ着ていた。本当はエルが買ってくれたような、愛されワンピをずっと着たいと思っていたのだ……!
「でもどうしてこれを選んだの? もしかしてエル、こういう甘いデザインが好きなのかしら?」
「! ち、違いま……せん。そうですね。嫌いではないです……ではなく! 自分の趣味などどうでもいいです。お、お嬢様が、以前、立ち寄ったブティックで、このようなデザインのドレスをじっとご覧になっていたので……。普段、着られていたドレス、あれはロス第二王子の指示でしたよね。本当はこのようなデザインの衣装がお好きなのかと思い……」
そうなのだ。派手なドレスを着るのは、乙女ゲームの世界の設定であり、ロスの命令でもあったのだ。
『公爵令嬢なんだから、バーンと目立つ派手なドレスを着ろよ。地味な令嬢は僕の婚約者に相応しくない!』
なんてことも言われていたのだ。
ただ、ロスにそんなことを言われても、どちらかというと「これがこの世界の悪役令嬢の設定だから仕方ない……」だった。
「護衛騎士とは言え、エル、あなたよく見ているわね」
「! ご、護衛騎士だからですよ!!!」
エルが顔真っ赤にしてそう言うので、これ以上いじるのはやめておこう。
「そうよね。でも本当に嬉しいわ。こういうデザイン、実は着てみたかったから。でもお金の入った巾着袋は私が持っていたのよ。本もこのワンピースのお代も……」
「大丈夫です、お嬢様! 自分もある程度のお金は持っているので」
「でも使うばかりではなくなるわよ」
だがエルは私の指摘に首を振る。
「そうなったら稼ぐ手立てはあるので、自分のことなど気にしないでください。それに今日泊まる宿の費用も、ローストヴィルの屋敷も。とにかくすべてお嬢様に出していただいています。自分の身の周りの品やお嬢様のちょっとした物は、自分からのプレゼントだと思い、受け取ってください。それに本来のお嬢様であれば、ドレスはすべてオーダーメイドです。こんな既製品な……」
「エル!」
私の強い一言に、エルは黙り込む。
「確かに以前の私なら、オーダーメイドの服しか着ていなかったわ。服だけではなく、宝飾品も、靴も、鞄も。全部がそうだった。でもそれは私の意志とは関係なく、なのよ。公爵令嬢であり、第二王子の婚約者だから、そうなっていただけ。私自身は別に既製品でも構わなかったの。だから嬉しいわ、エルがプレゼントしてくれたワンピース。私が何が欲しいと思っているか考え、選んでくれたもの。心がこもっているでしょう」
「お嬢様……!」
エルが紺碧の瞳をふるふるさせている。
この顔は本当に母性本能をくすぐると思う。
つい抱きしめたくなるが、セクハラになるのでやめておく。
「私はロスから、いつも自分の趣味とはかけ離れた贈り物ばかり、送り付けられていたの。それも義務的に、誕生日に送られてくるのよ。そんなギフトが当たり前になっていた私に、エルから贈られたワンピースは……本当に、嬉しいわ。ありがとう」
私の言葉に感極まった様子のエルは、クーラーボックスを扉の近くに置くと「失礼します!」と部屋に入り、その場で片膝をつき、跪くと、私の手をとった。
「これからもお嬢様が笑顔になれるものを贈ると誓います!」
「まあ、そんなに私に貢がなくてもいいのよ」
「貢ぐつもりはありません! 自分の……お仕えしているお嬢様への感謝の気持ちですから……」
健気だった。
やはり母性本能をくすぐられ、抱きしめたくなるが、ここは我慢。
「ありがとう、エル。でもその感謝、既にもらっているわよ」
「えっ……」
「エルは私について来てくれたでしょう。エルが一緒にいてくれるだけで、私は笑顔になれるわ」
エルはぶわっと泣き出しそうな顔になると「そんなお言葉、自分には勿体ないです!」と、今度は顔を真っ赤にし、部屋を飛び出してしまった。
やばい。これ、セクハラだった!?
お読みいただきありがとうございます!
私の護衛騎士が愛いすぎる件というラノベも爆誕しそうですw
続きは明日の7時頃公開の次話にて!
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