第二十一話:俺の気持ち
「お嬢様! 何が、何が起きたのでしょうか……!」
「驚いたわ。もうスープ一滴すら残っていないわ」
試作品で用意した魚介系つけ麺。
美味しいとエルが喜んでくれたら、休憩所から移動し、昼時にどこかで販売するつもりでいた。よって試作品とはいえ、それなりの量を作っていたのだけど。
それがあれよあれよと売れてしまった。
どうやらスープを火に掛け、そのいい匂いが辺りに漂っていた時から、周囲の人達は気になっていたようなのだ。ただ、警備隊も来ている。しかもこの食欲をそそるスープを作った令嬢をナンパしようとして、酔っ払い二人組は連行されたのだ。よってどんなにいい香りがしても、ひとまず静観していたというのだ。
だが、何かが出来上がり、それを食べたエルと私は、あまりの美味しさに悶絶している。それを見たら、もう我慢できなかった。既に私と面識が出来ていた近くの荷馬車の御者が声を掛けることで、「俺も食べたい」「僕にも売ってください」になったのだ。
「これは試作品で作ったもの。お代はいりません。味の感想を教えていただければ」
「本当にいいのかい!? 昨日、何時間も掛けて作っていたのに」
「はい。不慣れな部分もあり、時間もかかりましたが……(笑)」
驚きながら、一人目、最初に声を掛けてくれた御者の男性がつけ麺を受け取り、食べ始める。その間に二人目のつけ麺の用意を始めたのだけど……。
「うううううん! なんだ、これは! 初めて食べる食感だ! しかもこのスープ……! なんて美味しさだ。旨味がぎゅっと凝縮されている!」
絶賛の声を上げてくれたのだ。
これには皆、期待が高まる。そして二人目のつけ麺が用意できたその瞬間、一人目の御者の男性は、既につけ麺を食べ終えていたのだ。
本人曰く「あまりの美味しさに、貪るように食べてしまった!」と言う。使い慣れているフォークを使って食べたので、食べやすかったようだ。さらにこう言うのだ。
「これは無料でもらうわけにはいかない。お金、払わせてくれ」
「いえ、そんな、大丈夫ですよ」
「いいや。アンチョビの風味が絶妙で実に感動的な味わいだった。つまり、とっても旨かったよ! 何よりとろっとした茹で卵! あれも最高だった。あの茹で卵だけでも、十個は食える!」
茹で卵はあっても、煮卵はこの世界にない。かなり気に入ってもらえたようだ。その上でお代を払うと言ってくれた。これは受け取らないわけにはいかないだろう。しかも前世のような謙遜の文化はない。表明された厚意は、有難く受け取る。
「高給取りじゃないからな。そこまでは払えない。だがお兄さんもお姉さんも旅の途中なんだろう? 幌馬車で休憩所にいるということは。そうしたら次いつ、会えるか分からない。ツケメンとあの茹で卵。一生に一度のご馳走だった……そう思ったら……」
そこでなんと銅貨三十枚が入った巾着袋を差し出してくれたのだ。
この世界、紙幣はなく、硬貨が主流。金貨は貴族が使うものであるが、それも日常的に使われるわけではない。相当な高額取引、なんなら国同士の決済で使われるもの。その次に使われる銀貨。貴族では金貨より日常的だが、庶民にとっては相当な高額な支払いで使う。日々の生活で使うのは銅貨やブロンズ貨だった。それでも屋台での食事。銅貨三十枚も一度に一つのお店で支払うなんて稀なこと。
「こんなにはいただけません」
さすがに謙遜はしない文化ではあるが、屋台の食べ物に対する支払いにしては、かなり高額。受け取れないと思わす辞退してしまう。
「俺の気持ちだ。試作品ということは、これでこれから商売をするつもりなんだろう? 頑張ってくれという応援の意味合いもある。受け取ってくれ!」
こう言われては、受け取らないわけにはいかない。
「ご馳走さん。俺も初めて食べた料理だったが、感動したよ。いろいろ苦労の多い人生だが、これを食え、生きていて良かったと思えた。受け取って欲しい」
私が一人目のお客さんと話している間。エルがテキパキと動き、三人目、四人目とつけ麺を提供してくれていた。そしてみんな、あっという間に平らげ、二人目の男性もお金を払うと申し出てくれたのだ!
こうなるとお金の受け取りでもたもたしている場合ではない。もう十人近い人が、行列を作っている。
「ありがとうございます。お二人のお気持ち、とても嬉しいです。これは応援の気持ちということで、受け取らせていただきます!」
私がペコリと頭を下げると、二人の男性は代わる代わるで声を掛けてくれる。
「おう、これからもがんばれ!」
「またどこかでお会いできたら、ツケメンを食べさせて欲しい!」
こうして無料で提供するはずが、思いがけずお金をいただく事態になった。しかも屋台は先払いが基本。それが食事をした後、美味しかったからお金を払うというのは……。実に稀有なことに思える。
だがともかく、麺も煮卵もスープも綺麗になくなった。代わりに銅貨が入った巾着袋がいくつも残されたのだ。
「お嬢様、これはツケメンの美味しさにより起きた奇跡ですよね!?」
「そうだと思うわ。ツケメン屋台、上手くやっていくことができそうだわ」
お読みいただきありがとうございます!
次回、主人公はある物も作りたいと考えます。
さて、それは何でしょう……!?
答えは明日の7時頃公開の次話にて!
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【併読されている読者様へ】
『悪役令嬢は死ぬことにした』の番外編(6)ですが
間もなく公開します~!























































