第三十三話:元気の源
クラウスのために用意された控え室は、とても広々としている。
天井から吊るされているシャンデリアはとても大きく、天井には美しい花々が描かれていた。壁紙は、天井画と同じ草花モチーフのダマスク柄で、ソファは黄金で飾られた深紅のベルベッド生地。
「飲み物を用意するよ。何か飲みたい物はある? 特製アップルサイダーもあるよ」
「! 特製アップルサイダーがあるの!?」
するとクラウスは少し頬を赤くする。
「以前、天文台でフェリスが特製アップルサイダーを飲んだ時、とても美味しいという表情をしていたから……用意したら、喜んでくれるかな、と思ったんだ」
「……!」
私を喜ばせるために、わざわざ用意してくれたんだ。
やっぱりクラウスは優しい。
トクン、トクンと胸が高鳴って大変。
深呼吸をしながら「ありがとうございます、クラウスさん。とっても気に入っているの、特製アップルサイダー。いただいてもいいですか?」と微笑むと、クラウスは「勿論だよ」と、透明度の高い海のような碧い瞳を輝かせる。
その様子を見ると、自然と私の頬もほころぶ。
「良かった。フェリス、喜んでくれている」
「はい。とっても嬉しい。……クラウスさんも笑顔ね」
「それは当然だよ。僕の元気の源はフェリスだからね。君の笑顔が何よりのご褒美」
クラウスはそう言いながら、特製アップルサイダーを入れたグラスを手に、私へソファに座るように伝えてくれるけれど……。私は今の言葉にメロメロで、ストンと腰から落ちるようにソファに座ることになった。
「フェリス、大丈夫!?」
「二曲連続のダンスで疲れていたみたいだわ」
「!? それは疲れだけではないのでは!? もしかして体調が悪いのでは?」
クラウスはグラスをローテーブルに置くと、自身も私の隣に腰を下ろし、私の額に手を当てた。さらに手首を持ち上げ、脈をとる。
「……少し体が熱い。脈も速い……。フェリス、苦しくない!? 確か救護室が」
「だ、大丈夫よ、クラウスさん」
立ち上がった彼のマントを思わずぎゅっと掴み、うるうるの瞳で彼を見上げてしまう。するとクラウスはハッキリと分かるぐらい顔を赤くして、困ったように私から視線を逸らす。
「参ったな。フェリスは具合が悪いのに。今の表情を見たら、抱きしめたいなんて思っている。修業が足りないね。ごめん」
「謝らないで、クラウスさん! 私は具合は悪くないから。体が熱いのも、脈が速かったのも、理由は分かっているの」
「! そうなの!? 原因が分かっているなら、対処法を考えられる。とりあえず、飲み物を。僕も協力するから、原因を教えて」
クラウスは真摯な表情でソファに座り直し、特製アップルサイダーの入ったグラスを私に渡してくれる。
「ありがとうございます」
ここは素直に受け取り、ごくごくと飲むと……。
リンゴの甘味に、蜂蜜のコクのある甘さが混ざり合う。そこにほんのり酸味も感じられる。さらにレモンの爽やかな風味により、後味はしつこくない。
やっぱりとても美味しかった。
「前回同様、美味しいわ。……もしかしてクラウスさんが作ったの?」
「うん。簡単に作れるものだからね。それでフェリス。体調は?」
私はもう一口、特製アップルサイダーを飲むと、真剣な表情のクラウスに笑い掛ける。
「病気ではないわ。私の笑顔がご褒美、だなんて言うクラウスさんに、ドキドキしただけ」
「えっ……!」
「一貫してクラウスさんは優しくて、思いやりがあって、国のため、国民のため、そして私のために心を砕いてくれたわ。クラウスさんが自然に誰かのために頑張れるところ。すごく好き。尊敬しているし、そんなクラウスさんを、そばで支えたいと思ったの」
驚き、固まった様子のクラウスは、宝石のように瞳をキラキラさせ、私に尋ねる。
「それは……僕の告白への返事……と思っていいのかな? 僕をそばで支えたい……ということは……」
もう心臓が爆発しそうだった。
それでもちゃんと伝えないといけないと思い、呼吸を整え、口を開く。
「クラウスさんのことが大好き。これまで国外追放され、屋台のことやみんなのことを考えるのでいっぱいいっぱいで、自分のこと……恋愛なんて完全に蚊帳の外。でもいろいろ落ち着いて、自分の心と向き合った時に……クラウスさんのことが好きだと気付けたの」
「ありがとう……フェリス。……とても……嬉しいよ。僕は……夢を見ているわけではない?」
何だか動揺している様子のクラウスは、可愛らしく仕方ない!
「夢だったら、抱きしめた瞬間、薔薇の花びらが舞って、私の姿は消えてしまうわ。確認してみる?」
「……! そんなフェリスが消えてしま」
ふわりと私からクラウスに抱きつく。
「絶対に消えないで、フェリス……!」とクラウスは切ない声を出し、私をぎゅっと抱きしめる。
爽やかな彼の香水を胸いっぱいに吸い込み、その腕の力強さに胸がときめく。
頬がクラウスの鼓動を感じ取る。
忙しなく動くその心音に、彼がどれだけドキドキしているのかが分かってしまう。
「……夢じゃないんだね」
「現実よ」
「フェリスと僕は……両想い?」
「はい。私はクラウスさんのことが大好き」
「……! 僕もフェリスのことが大好きだよ」
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次話は少し遅い時間でごめんなさい。
22時頃公開予定です~
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