第三十二話:壁が多い!
再びホールの中央に戻ると、次はワルツだと分かり、クラウスと始まりのポーズをとった。
クラウスは、透明度の高い海のような碧い瞳に、何とも言えない感情を浮かべている。
どうしたのかと尋ねようとしたところで、音楽が始まった。
ステップを踏みながら、メロディに乗ってからクラウスに問い掛ける。
「クラウスさん、どうしましたか?」
「どうしたもこうしたも……アラン国王陛下とフェリスのダンス。ダンス自体はごくごくオーソドックスなのもの。でも二人の目と目の会話が……。アラン国王陛下はまるで情熱の炎。対するフェリスは冷静な水。通常は水が炎に打ち勝つ。でも今回ばかりは水が炎に呑まれるんじゃないかと、焦ることになったよ」
「! そ、それは……アラン国王陛下と私の、目と目の会話の内容が伝わったということですか!?」
クラウスは「そうだね」と頷く。
「でもそれが分かるのは、僕が特殊な立場だからだ。アラン国王陛下はライバルで、フェリスは僕の想い人。その前提でダンスをする二人を見たら、その視線を見ているだけで、ハラハラドキドキだった」
「そうだったのですね……」
「……でも結論は出たようだね」
「はい」
そこでクラウスの瞳を再び見ると、まだその目の奥にはハラハラドキドキが残っているように感じられる。これにはなぜ……?と不思議になるが、気付いていしまう。
アランはメヌエットのダンスを通して、最後まで諦めずに私へ気持ちをぶつけた。しかし私は最終的にその想いに「ごめんなさい」を伝え、アランはそれを受け入れることになった。それはクラウスも理解している。ならば次は自分。私から「イエス」の答えを貰えると思っている――そう私は考えてしまうが、違うようだ。
アランが撃沈、自分は勝利……とはクラウスは考えていない。
自分も撃沈するかもしれないと考え、今、ハラハラドキドキを瞳の奥に宿しているのでは!?
「それに二人のダンスが終わった後。アラン国王陛下に令嬢が殺到するのは理解できる。なにせこの国の国王であり、婚約者もいない。でもフェリスにまで令息が殺到した時は……参ったと思ったよ。そこは僕が甘かったと言えば、甘かったと思う」
「甘かった……どういうことですか?」
「フェリスが悪女と噂され、それが撤回されたのは、つい最近だ。まだ悪女のイメージが残り、令息たちが殺到することはない……と思ったが、そんなことはなかった。フェリスはこんなにも美しく、ダンスも素晴らしいんだ。モテて当然。そこを見誤ってしまった」
これには「あ、なるほど」と言いそうになるが、それでは自分でモテて当然と認めることになる。それにそこは別の理由もあると思うのだ。
「一度は腐っていると思われましたが、これでも公爵令嬢ですから。それで」「違うよ、フェリス」
クラウスは即刻否定する。
「腐っているだなんて、自分を卑下するようなことを言う必要はない。君は魅力的なんだ。国王と王太子を虜にしていること、忘れないで」
「!」
まさにズキューン案件な一言をクラウスが口にするので、ステップを間違えてしまう。
だがクラウスはそこは私に合わせ、さらには見事にリカバリーし、何事もなかったようにリードを続けた。これにはクラウスがかなりのダンスの上級者であると、実感することになった。
一方のクラウスは、話を再開させる。
「しかもアラン国王陛下とフェリスの前に、令嬢令息が集結し、見えていなかったと思うけど、僕も令嬢に囲まれていた。僕の目の前には令嬢の壁、その先には令息の壁。その向こうにフェリスがいるんだ。超える壁が多くて、驚いたよ!」
何となくで、アランとのダンスが終わったら、すぐにクラウスが私の前に現れると思っていた。でもクラウスの姿はなく、知った顔の令息がズラリと手を差し出した時は、内心「あれ……?」と思っていたのだ。でもその理由はこれで理解した。
「超える壁は多いし、ライバルは既に戦いを終えた。次は僕の番だと思うと……。フェリス。この後、飲み物を貰おう。そして二人きりで話そうか」
クラウスはそこでふわりと私の腰を抱き寄せた。
曲はもう終わる。
最後のポーズを決めることになったが……。
私はクラウスに支えられ、思いっきり背を逸らす。
彼を信頼しているからこそできるポーズだ。
見事に決まり、ホールに拍手が響く。
そこでクラウスは、ホール中央から、皆がはける方向とは真逆に進む。
すなわち楽団がいる方へ向かい、そのまま彼らが入退出する扉を使い、一度廊下に出る。
「フェリスに殺到する令息を巻くには、こうするしかない」
そう言ってウィンクしたクラウスは、廊下を私をエスコートして進んでいく。
「ここだよ」と案内されたのは、来賓用の控え室。しかもV.I.P用の個室の控え室で、入口にはゼノビアが待機している。
黒のマーメイドラインのドレスは、背中が大きく開いたデザインで、大変セクシー! 左サイドでまとめた髪も色気満点。
「今日も素敵よ、フェリスさん」
「ありがとうございます!」
最初からクラウスは、ここへ戻ると決めていたようだ。ゼノビアは通常の出入り口からこの場所まで戻り、待ち受けていたのだから。
「誰にも邪魔させないわ。ごゆっくり」
ゼノビアのウィンクで見送られ、控え室の中へ入ることになった。