第三十一話:メヌエット
「では」
「はい」
曲が始まると、まずは一礼。
次にゆっくり、お互いに近づく。
三拍子のリズムに合わせ、ステップを踏む。
視線は合わせるが、触れ合うことはない。
それはまるで今のアランと私の関係性を表現しているみたいだ。
一歩進み、身体を半回転させる。すれ違いざまで、衣擦れの音が静かに響く。
距離があるメヌエットで会話はない。
その分、目と目で会話することになる。
『君が好きだ。君を今すぐ抱きしめたい』
『陛下、ごめんなさい。私には他に好きな方がいるのです』
向かい合い、今度は相手の動きを反芻するように後退する――同じ所作が音楽と共に繰り返される中で、目と目の会話は続く。
『誰よりも君を愛している。どうかこの気持ちを受け止めて欲しい』
『陛下、それはできないことです。どうかお許しください』
繰り返されるステップ。ターン。
交わされる目での会話。
『君を生涯かけて愛する。どうか王妃になって欲しい』
『お気持ちは光栄です。ですが陛下、その想いに答えることはできません』
アランはひたすらに想いを込めた。
私はそれに応えられないとお詫びの言葉を重ねる。
どんなに近づいてもこのダンスでは、触れ合うことはない。ダンスと同じように、アランの想いは申し訳ないが、私に届くことはない。
こうして一度も触れ合うことなく、曲は終わりを迎える。
『……本当に。君のことが好きだった』
『ありがとうございます、陛下。どうか前に進んでください』
最後の和音が鳴り響き、アランと私は正面で止まり、深く一礼を交わす。
会話はなかった。
だがダンスを通じ、アイコンタクトで互いの気持ちを伝えあったと思う。そしてアランは分かってくれたと思うのだ。私の返事を。
拍手が沸き上がる中、アランは私の手を取り、エスコートして歩き出す。
「トレリオン王国の国王として、君の幸せを心から願う。……すぐには無理だ。十六年間の片想いは……あまりにも長かった。だが……君が真実の愛に出会ってしまったのなら、もうどうにもできない。諦めよう、この想いは」
「……アラン国王陛下、ごめ」「謝る必要なんてない」
私の言葉に被せるようにアランが告げる。
「正直な気持ちをぶつけてもらえて良かった。もう昔のような幼子ではない。一国の国王なのだ。ちゃんと前へ進む。国王としての務めを果たす。大丈夫」
やはり私が考えていた通りだ。アランは国王らしく振舞うことで、自らの感情をコントロールしている。
はける私達とは反対に、多くの貴族がホール中央へ移動する。次の曲で踊るために。
自然とアランと私の足は止まることになる。
なぜならアランと私の前に、令嬢令息が集まっていたからだ。
「アイゼンバーグ公爵令嬢。よろしければ自分とダンスを」
「ぜひ踊ってください、アイゼンバーグ公爵令嬢」
「どうか一曲だけでもお願いします」
令息は令嬢へダンスのお誘いができた。
ゆえに続々と私へ声を掛ける。
一方の令嬢は、自分からダンスのお誘いはできない。ゆえに無言でアランをじっと見つめ、ダンスのお誘いを待っている。
国王として、さらには私を諦めると決めたアランは、ここで深呼吸をすると、エスコートしている私の手をゆっくり持ち上げ――。
「クラウス王太子殿下。アイゼンバーグ公爵令嬢のダンスのお相手を頼む」
これには令息たちが大変残念そうな表情になるが、国王の指名。しかも指名された相手は大国であり、友好国の王太子。ここは無言で私の前からはけるしかない。
そしてそこにクラウスが優雅な足取りで現れる。
「アラン国王陛下、ご指名いただき、ありがとうございます。アイゼンバーグ公爵令嬢、僕とダンスをお願いできますか?」
「はい。よろしくお願いします」
アランが私の手を、クラウスの手に預ける。
その瞬間、アランとクラウスの視線が交錯するが、そこに火花が起きることはない。
目と目で交わされた会話はとても穏やか。
それはまるで戦友に向けたエール。
私の手を離したアランは、目の前に残っている令嬢へ声を掛ける。
「ではナタリア伯爵令嬢。わたしとダンスを」
アランとクラウスが場所を交代するように移動。
私はそのままクラウスにエスコートされ、ホール中央へ戻った。
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