第二話:婚約破棄と断罪
美女で才女、でも婚約破棄され、断罪されて、斬首刑で死ぬ運命、それが悪役令嬢フェリス・ラナ・アイゼンバーグだった。
せっかく転生できたのに。花の盛りの十八歳で死ぬなんて。しかも体は健康そのものなのに。
しかし悪役令嬢としての役目を果たさない限り、私はこの世界に存在できないだろう。
ならばと考え、こうすることにした。
六歳の時。
既に妃教育が始まり、その勉強と魔法の修練で忙しい日々を送っていた。でも婚約者であるロスとの定期的なお茶会の席があり、そこで私はおもむろに話を始めた。
「ロス。私は魔法を使えるでしょう。だからもしもに備えることにしたの」
私の言葉に、口の周りをクリームでいっぱいにしながらシュークリームを食べていたロスの手が止まる。
「王族の一員になると、暗殺の危険を常に意識することになる。でもちゃんと護衛はついているわ。それでも、もしもがあった時。害されて終わりでは悔しいと思わない?」
「それは……そうだと思うけど……フェリスは上級魔法を使えるようになると、先生が言っていた。上級魔法なんて、使える人はごく僅かだ。上級魔法が使えるのに、暗殺者なんて恐れる必要があるのかな?」
さすがヒロインの攻略対象。自身の使える魔法は下級であるが、その分、頭の回転はよく、今のような分析もサラッとできてしまう。
「確かにロスの言う通りよ。でも備えあれば憂いなしと言うでしょう?」
「それはまあ、そうだね」
「もし私の首を落としたら、毎晩悪夢を見るような魔法を使おうと思うの」
そこから私は情感たっぷりで語り出す。
「カチ、カチ、カチ……。庶民の家には絶対にない置時計が、暗闇の中、静かに時を刻んでいる。カン、キン、グォーッ……使用人を呼ぶために壁に埋め込まれたパイプ。そこを通る風が、軋むような、呻き声のような、奇怪な音を響かせている……」
ロスは興味をひかれたようで、シュークリームを再び食べながら、話を聞いている。
「……健やかな寝息を立てる少年の元へ、女は近づく。『ロス・ポウルク・フリード。トレリオン王国の第二王子、みーつけた』少年は声に驚き目が覚め、そしてそこで突然轟いた雷鳴に浮かび上がる、女の姿を目撃することになる。血まみれの寝間着、そして首から上が……ない」
ロスの手からシュークリームがぼろっと落ちる。
その顔面は蒼白だ。
「なんで……それって僕がフェリスを斬首刑にしたから、そんな呪いのような魔法をかけられると言うこと……?」
「えっ、ロスは私を斬首刑にするの?」
「し、しないよ!」
まだ幼いロスは、私に対する劣等感もない。
だが高等学院に入学する頃には、私のことを煩わしく感じるようになるのだ。
「第二王子の婚約者は、美女で才女で、上級魔法を使える。でも第二王子は……。魔法は下級しか使えない。頭は……悪くないですけど、公爵令嬢には劣る。こうなるとお二人の関係は、まるで夜空に輝く月と、そのそばに漂う薄雲のようですわよね」
こんな社交界の噂により、ロスは私に対する劣等感を募らせ、次第に私を疎ましく思うのだ。そんな時に出会う、男爵令嬢のヒロイン。転移者である彼女は魔法を使えない。愛らしい、男好きされる可愛さはあるが、フェリスのような才媛ではなかった。
自分よりか弱い存在のヒロインは、ロスにとって庇護の対象になる。すっかり彼女に入れ込み、私との婚約破棄と断罪を画策するのだが……。
でもそれは仕方ない。
それがこの乙女ゲームの世界のシナリオなのだから。そこに反抗しても、するだけ無駄になる。ならば婚約破棄と断罪を受け入れるが……。
斬首刑にはさせない。私のことをシナリオ通りの斬首刑にしたら、呪われるとロスに信じ込ませる。
こうして私はロスとのお茶会の度に、この怖い話をバリエーションを変え、繰り返し繰り返し、聞かせたのだ。
この国の死刑は斬首刑以外にも、平民向けの絞首刑、魔女と見なされた時の火あぶりもある。そちらも実行を思い立たせないようにするために、バリエーションを持たせたわけだ。
「……『ロス・ポウルク・フリード。トレリオン王国の第二王子、みーつけた』少年は声に驚き目が覚め、そしてそこで突然轟いた雷鳴に浮かび上がる、女の姿を目撃することになる。血まみれの寝間着、そして伸ばされた腕は焼けただれ、顔は焼け落ち、焦げた眼孔が見えていた……」
こんな具合に繰り返しバリエーションを変えて話すことで、ロスは、私を死刑にする=恐ろしい悪夢の呪いをかけられると信じるようになったと思う。
その確認がまさに今だ。
悪夢を思い出させる言葉……『ロス・ポウルク・フリード。トレリオン王国の第二王子、みーつけた』……を、私はロスに伝えている。表情が硬くなっているし、これは効果ありのはず。
「僕を……王家を侮辱した。よって貴様のことは……」
そこで私の悪夢の呪いを思い出し、言い淀んだロスだったが、唇を噛み締め、言葉を絞り出す。
「フェリス・ラナ・アイゼンバーグ公爵令嬢、貴様のことは」
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次話は18時頃公開予定です~