第二十八話:約束
「だって。私、クラウスさんと一緒にアルシャイン国へ戻ることになったじゃん。さっきの朝食の席で、クラウスさんが転移魔法で首都まで戻るから、一緒に連れて行ってくれるって。しかも首都で数日滞在した後、転移魔法で南部の港まで連れて行ってもらえる。その間に幌馬車は港まで運んでもらって、最終的に幌馬車と私は船に乗ってイースト島へ……」
「ピアはマーガレットさんと暮らし、屋台を続ける。そう、自分の意志で決めたのですよね!? お嬢様からはラーメン、ツケメン、冷やし中華、冷やしラーメンとすべて作り方も習いました。一人で営業は不安かもしれません。ですが村人はみんな、ピアのことを手伝ってくれると思います。マーガレットさんやマークさんも、間違いなく、ピアを支えてくれますよ」
「違うの! 屋台をやることとか、村に戻るとか、そういうことじゃなくて……」
ピアはちゃぷんとお皿を小川につけたまま、顔を真っ赤にしてエルを見た。ピアのそばにいるルナは心配そうに二人を見守っている。
「エ、エルお兄さんは、ピアと離れ離れになるの、寂しくないの?」
「寂しいですよ。当然」
「でもそれは妹がいなくなるから寂しいみたいな感じでしょ」
「!? 妹というか……仲間がいなくなる感覚でしょうか」
そこでピアとエルの視線がぶつかるが、ピアはプイッとエルから視線を外し、小川につけていたお皿を取り出し、海綿でゴシゴシ洗う。
「やっぱりそうなんじゃん!」
「ピア、何を怒っているのですか……?」
エルは眉を八の字にしながら、グラスを洗っている。
「ピア、エルお兄さんとフェリスお姉さんと会った時から、三センチ身長が伸びたんだよ! 髪も伸びたし、フェリスお姉さんからも『ようやく年相応になったわね、ピア』って言ってもらえた。もう子供じゃない。ゴルゴンゾーラチーズだって美味しいと思って食べられる。でもエルお兄さんは、いつまで経っても子供扱いじゃん」
「十二歳はまだ子供ですよ、ピア」
「来月、十三歳になるもん!」
「十三歳でも……いえ。そうですね。ピアは確かに初めて会った時より、健康でさらに元気になりました。クラウス王太子殿下にプレゼントされたドレスを着た時も、とてもよく似合っていましたよ」
エルの言葉に、ピアは再び真っ赤になる。
「来月十三歳になるピアは、あと二年したら社交界デビューする年齢です。十五歳になったら……デビュタントに参加しましょう。お嬢様に頼めば、トレリオン王国のデビュタントに参加できるはずです」
「え、でもデビュタントって……貴族の令嬢が参加するものだよ。ピアは……」
「お嬢様ならきっとうまくやってくれますよ。もしデビュタントに参加できなくても、僕がエスコートするので、街のパーティーにでも行きましょう」
これにはピアの瞳がキラキラと輝く。
「本当に? エルお兄さんが連れて行ってくれるの!?」
「ええ。その時は僕がピアをお祝いします」
「ちゃんとレディとして扱ってくれるの?」
「そうですよ。……今もピアのこと、レディだと思っています」
またもピアの顔が赤くなり、それを誤魔化すように次のお皿をゴシゴシと洗っている。
「ピアがレディ……でもフェリスお姉さんみたいには見てくれていないでしょう……」
「お嬢様は自分が仕える主ですから、申し訳ないですが、別格です」
ピアが頬を膨らませる。
「ですがこの世界で、僕がレディとして一番に敬うとしたらピアですよ」
「えっ……」
「ピアはお嬢様や自分の身分など知らずに、仲間になりましたよね? 公爵令嬢であるお嬢様に、取り入ろうとする人はとても多い。損得勘定で。でもピアは違います。だからこそ大切な仲間であり、自分もピアを敬っています」
「そ、そっか……」
フォークやスプーンを洗いながら、ピアは耳まで赤くしている。
「ありがとう、エルお兄さん。そしたら……約束して」
「約束?」
「デビュタントで私をエスコートするまで、絶対に独身でいて!」
「!?」
「その時に、ピア、大切なことをエルお兄さんに伝えるから!」
これにはエル、いくら鈍感でも、何かに気付いたようだ。一気に首から顔から耳まで赤くなる。
「な、ピア……!」
「ダメ?」
うるうるの瞳でエルを見上げるピア。
その表情は、もう少女のものではない。
恋をしているレディのものだ。
ハッとしたエルは、表情を引き締める。
「……なるほど。二年ありますよね。二年あれば……そうですね。自分の中の想いにも、整理がつきそうです。分かりました。約束します」
「本当に?」
「信じられませんか?」
ピアが困ったような表情になると……。
エルはしゃがんでいた姿勢から、片膝を地面につき、ピアの前で跪く。そしてタオルでピアの濡れた手を拭くと、恭しく持ち上げる。
「ピア。あなたが淑女として社会に認められるその日まで、自分は独身でいることを誓います」
「えっ、あっ、はい……よろしくお願いします!」
「みゃおん!」
ピアは見える範囲の肌の色を真っ赤にして、エルの言葉に応じた。
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