第二十三話:三つの自由
アランから「落ち着いたか?」と問われた。
ここで嘘をつくわけにはいかない。
「そうですね。アルシャイン国では東方料理を販売する屋台をやっていましたが、それはピアが故郷の村で継いでくれることになりました。彼女がアルシャイン国に戻る前に、王都を案内し、観光を楽しんだら……。ピアが帰国すれば、完全な日常が戻りますが、今はもう落ち着いたと言っていいと思います」
冷静に話しているようにアランには見えるだろうが、心臓はかなりドキドキしている。
「ならばクラウス王太子殿下の訪問を祝い、舞踏会を開く。一週間後であるが、参加できるか?」
「!」
これは予想外の提案。でも冷静に考えれば、クラウスはとんぼ返りをするわけがない。それはホスト側に対する国にも失礼になる。しばらく滞在となり、当然だがそこで晩餐会、舞踏会と言った行事は開かれる。晩餐会は公爵夫妻として両親が参加だろう。だが舞踏会に公爵令嬢である私が招待されるのはありうること。
「もしや何か言われるかを気にしているか? 気にしているのなら、その必要はない。もし舞踏会の場で君を蔑むような発言あれば、私が許さない。そこは安心して参加できると約束しよう」
私が即答しないので、アランは心配してくれたようだ。
「アラン国王陛下、お気遣い、ありがとうございます。舞踏会、勿論、参加します」
「そうか。それは良かった」
笑顔で応じたアランはその後、世間話を始めた。
つまり告白の返事を聞こうとはしない。
そこで理解する。
舞踏会で私から返事を聞きたいと思っているのではと。
さすがに今日のこの訪問で、私がようやく落ち着いたと分かり、答えを求めるのは性急過ぎる――そう思ってくれたのではないか。
こうして三十分ほど、アランと話をすると――。
扉をノックする音が聞こえる。
「もう時間か。あっという間だった」
「陛下のノースフォーク帝国でのお話、とても面白かったです」
「それは良かった。こんな話であれば、いつでもできる。……気軽にお茶でも誘ってくれ」
そこで言葉を切ると、アランはソファから立ち上がりながら真剣な表情になる。
「君の関係者への公式な謝罪、補償の件。それは君の帰国した日に、大々的に発表をして新聞にも掲載された。補償を受け付ける窓口も開設しており、今日までに二十三件の問い合わせがあった。だが名乗りをあげないで苦しんでいる者はもっといるかもしれない。引き続きこの窓口は残すつもりだ。本当に迷惑をかけた」
そこでアランは深々と頭を下げる。
「陛下、頭を上げてください。先代国王と弟君が起こした不祥事に、陛下は真摯に向き合ってくださっています。これ以上、陛下に求めることはありません。どうかこれ以上の謝罪はなさらないでください」
「ありがとうアイゼンバーグ公爵令嬢。この件以外でも何か困っていることがあれば、いつでも相談して欲しい。わたしはいつだって君の味方だ」
「ありがとうございます、陛下」
今度は私が深々と頭を下げ、そして顔をあげると――。
「舞踏会で……君の返事を待っている」
ああ、やはりと思ったところでアランは退出。
そしてノックの音。
クラウスだ。
私の返事に合わせ、クラウスが部屋に入ってくる。
「すぐに新しい飲み物を」
「その必要はないよ、フェリス」
「え?」
驚く私にクラウスは、アイスブルーのサラサラの髪を揺らし、提案する。
「せっかくだからどこかへ行こう。例えば温室とか」
「! 宮殿にあるような立派な温室ではないわ。それでもいいのかしら……?」
「構わないよ。案内してくれる、フェリス?」
「ええ、分かったわ」
私がソファから立ち上がるのをクラウスは手伝い、そしてとても美麗な笑顔になる。
「フェリスのその着物。とてもよく似合っている。浮世絵という絵で見た着物美人にそっくりだ。東方の文化にフェリスは明るいし、実は海を渡ってこの大陸に来ました――と言われても信じてしまいそうになる」
冗談で言ったクラウスの言葉であるが、何気に事実に近い部分があるので、ドキッとしてしまう。
「どうしたの、フェリス?」
「実は私、東方から参りました」
「!? そうなの???」
クラウスが見せる仰天した表情は、何だかとても可愛らしい。眼福と思いながらその顔を見て、ふと思いつく。
「本当の私は公爵令嬢でも何でもない、ただの凡人のフェリス。……がっかりしましたか?」
クラウスは驚きの表情から一転。口元に笑みを浮かべ、この世界を甘く溶かすような笑みを浮かべる。
「どうして? 僕にとってフェリスはフェリスだ。肩書なんていらない。例え君が実は精霊ですと言い出しても気にしないよ」
「!? でもクラウスさんは王太子! その伴侶は相応の身分の者ではないと、国王陛下や国民も認めないかと」
「フェリス。僕は父上と契約を結んでいる。国と国民のために、僕は特級魔法を惜しみなく使う。その代わり三つの自由を与えて欲しいとお願いしている。住む場所の自由、ゼノビアと同じ即日即罰権、そして婚姻の自由だ」
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