第十九話:お嬢様っ!
北枕はよく眠れる……というが、それを言うなら棺の中もよく眠れると思う。
かぐわしい花の香りと共に、ぐっすり眠ってしまった。
ただ休憩所がある場所は、街中ではない。周囲は森という場所だから、朝から鳥の鳴き声が聞こえ、それで目が覚めることになる。
目覚めるとエルがしっかり片づけをしてくれていたようだ。どこからか調達してくれた木箱にラーメン作りのために魔法で用意した調理道具や食器が入れられ、幌馬車の中に置かれている。魔法で使ったクーラーボックスも。だが肝心のエルの姿はない。御者席を確認するため布を開けるが、そこにエルの姿はなかった。
ならばと後部へ向かい、下ろされている布をめくると……。
青空が広がり、朝靄が広がっている。そこに徐々に陽射しが届き始めているが、まだかなり早朝だ。起き出して動いている人は少ないが、それはきっと昨晩、たっぷりお酒を飲んだからだろう。そして見渡す限り、エルが剣の練習をしている様子はない。
私は早々に寝てしまった。だがエルはあの後、すぐに休んだわけではないのかもしれない。まだ疲れて休んでいる……と思ったが、幌馬車の中にはいなかったのだ。
ならば身支度を整えている最中、かしら?
そこで幌馬車から降り、すぐそばのテーブルを見て「!」と驚くことになる。なぜならそのテーブルの上で、エルがすやすやと寝ていたからだ。枕に頭をのせ、掛け布にくるまるようにして眠る姿は、子ぎつねが自身のふさふさの尻尾を枕にしているようで、とても愛らしい。
だがしかし。どうして幌馬車の中ではなく、テーブルの上で寝ているの……?
しばし考え、一つの考えに至る。もしかして……。
未婚の男女、しかも婚姻関係ではない。そんな男女が同じ部屋で寝るなんて。「非常識!」と思われるのがこの世界。ローストヴィルの屋敷では、それぞれの寝室があり、そこで寝ていたのだ。
だが幌馬車旅では別々の寝室を用意するなんてこと、できない。
そうか。そこは私が一声掛けておけばよかった。一緒でも構わないと。もしくは棺の蓋を閉じて置いたら、エルは幌場所の中で眠ったのかしら?
そんなことを考えながら、エルのことをじっと見てしまうと……。
エルの瞳がパチッと開いた。紺碧色の瞳はすぐに私をとらえ――。
「お嬢様っ!」
ガバッとエルが起き上がった。
その動きの素早さに驚く。
エルはさっきまでそこで寝ていたとは思えない程、キリッとした表情となり「おはようございます、お嬢様」と挨拶をしてくれる。
「おはよう、エル。驚いたわ。テーブルの上で寝ているから」
「! そ、それは……」
「エルは自身の護衛騎士という立場と慣習に従い、私と同室にならないようにと気を遣ってくれているのよね。その気遣いはとても嬉しいわ。でも、もうここで頼れるのはお互いしかいないの。今はまだ初夏だからよくても、秋や冬になったら大変よ。外で寝て、体調を崩したら困るわ。それに寒さだけではないわよね。外で寝ていたら、襲われる危険だってある。人間や獣に。もしエルが気になるなら、棺の蓋をしめてもらって、なんなら鍵をつけて私が寝るのでも構わないから。幌馬車の中で休むようにして」
エルは「お嬢様……」とうるうるの瞳になる。
「とはいえ、エルだって侯爵家の次男。私と変な噂が立つのは困るかもしれないわよね」
「とんでもございません! 自分の噂など気にしないでください。というか、ここはトレリオン王国ではないのですから、噂も何も関係ありません! ……その、自分、騎士ですし、女性や子供、弱者をいたわる心を持っているつもりです。棺の蓋は閉じる必要はありません。おとなしく、いびきも歯ぎしりも立てずに寝ますから……幌馬車の中で一緒に休んでもいいですか?」
「勿論よ。自分から申し出たことにしてくれて、ありがとう」
女性から一緒に休もうでは外聞が悪い。だからちゃんとエルは、自分から許可をもらったという形にしてくれた。
誰かに報告するわけでもないのに。
本当にエルは律儀だった。
「まだ少し早いけれど、エル、眠くない?」
「大丈夫です。ラーメン……ツケメンを準備しますか!?」
エルの瞳がキラキラとしているのは、つけ麺を遂に食べられるという喜びからだろう。
「まだ早いから、私は身支度を整えるわ。エルはすぐに準備できるわよね。剣術の練習でも自由にしてもらって大丈夫よ。また時間になったら声をかけるわね」
「承知しました!」
元気よくエルが返事をした。
お読みいただきありがとうございます!
本日もよろしくお願いいたします☆彡
棺から目覚める……字面だけ見るとホラーw
そして次回、ついに異世界でラーメンを食べますよ~♪
ということで次話は12時頃公開予定です~