第十七話:盛大に悲鳴を上げていい案件
厨房が面する中庭の方で、物音が聞こえた気がした。そこで通用口の扉を開き、中庭の方へ出ると、突然目の前が真っ暗になる。
これは盛大に悲鳴を上げていい案件だと思うが「フェリス」と爽やかな声。
「……! クラウス……!?」
「サプライズだよ、フェリス。見てご覧」
クラウスがゆっくり私の目から手を離すと、目の前には……。
「これは……着物!」
着物を着せられたトルソーが、ひょこんと中庭に置かれていたのだ!
「東方の衣装なんだろう? マーガレットさんが仕立て、僕の所へ届けてくれた。フェリスに贈りたいって」
厨房の薄明かりで照らされているその着物は、ロイヤルパープルの生地に、美しいダリアがプリントされている。帯は優しいラベンダー色で、帯締めはアンティークグリーン。落ち着いた秋の装いにピッタリに思えた。
「嬉しいわ、クラウスさん! これをわざわざ届けるために、ここまで転移したの!?」
振り返るとクラウスはいつも通り。
ゼノビアの護衛に扮している時の、粗末なベージュの布を被っているが、その下には美しいアイスブルーの髪、そして透明度の高い海のような碧い瞳碧。口元には朗らかな笑みを浮かべている。
「そう。国境は魔法を使わず、商人Aとして通過したけどね」
そこでクラウスが突然、私に顔を近づけるので、盛大に心臓が飛び跳ねる。
「……フェリス、なんだかとっても美味しそうな香りがする。ガーリックの香ばしい、食欲をそそる匂い……。なんだかフェリスのことを食べてしまいたくなる」
耳元でささやかれるクラウスの甘々な声に、全身の力が抜けそうになる。
「おっと、フェリス! 大丈夫!?」
優しくクラウスに支えられ、さらに距離が縮まり、心臓はバクバク状態。この状態をなんとかしないと!と思い、早口で私は答える。
「と、その、あの餃子を作ることにしたの。ラーメンと言えば餃子だから! それでその餃子のたれに、ペペロンオイルが合うと思ったから、今、丁度、作ったばかりなの。たっぷりのガーリックと乾燥唐辛子とオリーブオイルを使って!」
「なるほど。だからこんなにいい香りなんだ。ところでギョーザって? それとラーメン。また何か新しい料理を作ったの?」
ようやくクラウスの顔が私の顔の近くから離れたが、心臓のドキドキはまだ続いている。
静まれ、私の心臓!
ラノベの主人公みたいに唱えながら、クラウスに餃子とラーメンの件を説明した。
「……そうなのか。では五日後、アラン国王陛下を招いて、ラーメンとギョーザを振る舞うんだね」
「そうなのよ。お父様がノリノリで……」
そこでクラウスは一瞬考え込んだ後、清々しい笑顔で私に提案する。
「僕もその食事会、顔を出してもいいかな?」
「!」
「ラーメンもギョーザも食べてみたい。……ダメかな?」
ダメなわけがなかった。舞踏会のためにドレスと宝飾品一式をプレゼントされ、一生屋台の料理を無料で食べてもらっても、足りないと思っていたのだ。
「ダメなわけがないです。いらしていただいて大丈夫ですよ! お父様には私から話しておきます」
「よかった。ではちゃんとその日は正装してフェリスを訪ねるよ。……となると……すぐに戻って父上に話さないといけないな。それにアラン国王にも来訪を事前に知らせないといけない」
そこで言葉を切ると、クラウスは非常に残念そうな表情になる。
「せっかくフェリスに会えたのに。こんなとんぼ返りは切ないな。でも五日後、また会える。……それまで僕のこと、忘れないでほしいな」
そう言って微笑むクラウスは……まさに女子のハートを鷲掴みにするもの。私だって一応女子なわけで、まんまと目がハートになってしまう。
が、思い出す。
アウラのことを。
「クラウス、あの」
「じゃあね、フェリス」
額に優しくキスをされると、心臓はドキーンで、声も出ない。その間にクラウスは魔法を詠唱し、あっという間に姿を消してしまう。
これには「あ……」となるが既に時遅し。
さらに。
「お嬢様、こんなところで何をされているのですか!? 入浴の準備ができたのに、厨房からお嬢様が戻らないと、メイドが血相を変えていましたよ!」
エルが厨房の通用口から姿を現わし、「!?」となり私に駆け寄った。
剣の柄に手が伸びかけていたことから、ピンとくる。トルソーが怪しい人物に見えている!と。
「エル、これは人ではないわ!」
「!? な……これはトルソー!? なぜこんなものがこんな場所に!? しかもこれは……。イースト島のハーミット村で見た衣装のような……お嬢様、一体どいうことですか!?」
クラウスがここへ来たとは言えない! 言えばクラウスが特級魔法の使い手とバレる可能性もある。
「これはマーガレットさんが作ってくれたもので、クラウスさんの所へ届けられたそうよ。それを王宮付きの上級魔法使いが、届けてくれたのよ!」
「! そうなのですね。……ですがなぜこんな夜に……? 昼間に訪問の約束をして届ければいいものを。こんなところへ放置していくなんて……。しかも布を被せることもなく、こんな剥き出しで……。失礼ですよね!?」
た、大変!
エルのお母さんモードのスイッチが入ってしまう!
「エ、エル! 入浴の準備ができているのよね!? せっかく用意してくれたのに。冷めると大変だわ。私は急いで入浴をするから、このトルソー、部屋に運んでもらえるかしら?」
これにはエルも、文句の続きは言えず「分かりました」と応じてくれる。私はホッとして「では私は先に戻るわね!」とその場を離脱した。
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