第十二話:忘れられますか?
「お嬢様、お待たせいたしました!」
ピアは私の親族と一緒に夕食だったが、エルは違う。
エルは私の護衛騎士であるが、アイゼンバーグ公爵家の私設騎士団の一員。
主と共にアルシャイン国まで付き従ったエルは、騎士団の中では「英雄」。そこでメンバーは、盛大にエルを祝う宴の席を設けたのだ。
そちらでの夕食会を終えたエルは、騎士団の濃紺の隊服姿で私の部屋にやって来た。
「エル、夕食会を抜けてきたわけではないわよね?」
「自分は飲めませんが、飲める騎士も多いので、一度飲み始めると底がないというか……。延々といつまでも飲み続けるので、皆、適当なタイミングで抜けています。ですからそこは安心してください、お嬢様!」
騎士のみんなは酒豪が多い。エルもお酒を飲める年齢だったら、今頃沢山飲まされ、私の所へ来れなかっただろう。
「それでお嬢様、どうされましたか?」
エルは私の対面のソファに腰を下ろし、メイドがエルの分のコーヒーを出してくれる。それが終わると私はメイドに控え室へ待つよう伝え、人払いをすると、おもむろに話すことにした。
といってもいきなりクラウスのことは話せない。アランは国王だが、クラウスはクラウスで隣国の王太子。その身分からして、迂闊に彼の恋愛事情を明かすわけにもいかないのだ。
だからこうなる。
「今日、アラン国王陛下の件をエルとピアに話したでしょう。その時に二人ともとても親身にアドバイスをしてくれたわ。だからね、私の友達の令嬢の恋愛話の相談にも乗って欲しいと思ったの」
「……お嬢様のお友達の令嬢……」
「そうなの。彼女、ちょっと身分のいい令息のことが好きなのよ。でもね、その令息のことを好きという別のご令嬢がいて。彼女は家門のバランスとして、その令息にとても相応しいの。令息のご両親から見ても、その令嬢は『ぜひ息子の嫁に』なの。令息は私の友達のことが好きなのよ。でも周囲の事情がそれを許さない。こんな時、私の友達は……その想いを諦めるしかないのかしら?」
私の話を聞いたエルの紺碧色の瞳は……。
なんだかうるうるしている。
これは……架空の私の友人である令嬢に同情しているのかしら!? 好きだけど、結ばれるのが難しい状況を可哀想だと思い。
「……なるほど。お嬢様のご友人……の令嬢。それは……そうですか。家門のバランス……。要するに政略結婚を、令息の方が迫られていて、お嬢様のご友人の令嬢は、彼を諦めるかどうか迷っているということですね」
「そう、そうなのよ!」
するとエルは、哀しいけれど嬉しいというような、不思議な表情になる。そしてこんなことを言う。
「そもそも誰かを好きという気持ちは、そう簡単に区切りをつけられるものではないと思います」
「……そうなの?」
「そうだと思います。例えばツケメン。お嬢様は大好きですよね?」
エルが突然つけ麺のことを話しだすので、不思議に思いつつ答える。
「ええ、大好きよ。屋台をやっているぐらいなのだから、当然大好きよ!」
「でもツケメンを食べることは禁止になりました。明日からツケメンのことは忘れ、嫌いになってください――と言われて、ツケメンのことを翌日から綺麗さっぱり忘れられますか?」
「! そんな……そんなのは無理よ。忘れられるわけ、ないじゃない!」
そこでエルがくすりと笑い、私はハッとする。
「恋愛とツケメンが同列とは思いませんが、言いたいのはそういうことです」
「……つまり諦めることはできないということね」
「頭の中では諦めなければならないと理解していても、綺麗さっぱり忘れ、その令息を好きだった感情をなかったことにする。それはできないと思います」
これには「なるほど」だった。
「家門同士の利益で結ばれた婚約は、契約みたいなもの。令息が別の令嬢と婚約した場合。お嬢様の友人のご令嬢は、諦めるしかありません。もうその令息と個人的に会うとか、手紙を交換するとか、そう言ったことはできなくなるでしょう。それは物理的にできないようになると思います。ですが人の気持ちはどうにもなりません。行動では諦めても、頭の中では諦めきれない状態が続くと思います」
「どうしたらいいのかしら? ……どうにもできないのかしら?」
「一つの方法としては時間です」
ここで私は「時間……?」と呟くことになる。
エルはコーヒーを飲みながら、達観した表情で話す。
「時間の経過だけが、癒しになると思います。後は物理的に距離ができることも、大きいかと。もし毎日のように、その令息とお嬢様のお友達の令嬢が会っていた場合。令息の婚約と共に、会えなくなります。会えなくなることで、令息の存在感がゆっくりですが、薄れて行くことでしょう、時間の経過と共に」
「つまり相手が政略結婚するなら、忘れないといけない。でもそう簡単に忘れることはできないと。そんな場合は距離をとり、時間の経過と共に、好きだという気持ちが薄れるのを待つしかない……ということかしら?」
「時間の経過を待つ間に、素敵な出会いもまた、あるかもしれません。それをきっかけに、好きだった令息のことも過去のこととして、急速に忘れて行く可能性もあると思います」
私はクラウスを好きだと、ようやく自覚したばかりだった。それなのにいきなり破局なんて。まだ何も始まっていないのに、諦めることができるのか。
そう思ったが……。
表向きは諦めたと思わせる言動をとる。
でも心の方は自由だ。
すぐに諦めるなんてできないだろう。
だがそれも時間の経過と共に変わる――ということだ。
そうか。そうやってクラウスのこと、忘れて行くしかないのかな……。
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