第十八話:意外と便利!
「お嬢様、落ち着いてください」
「ふぐぐっ!(エル!)」
棺が急に開いたと思ったが、それはエルだった。
彼はランプを灯しながら、私が棺から出るのを手伝ってくれる。そしてパタンと棺の蓋を閉じた。
他に何もないのだ。二人で並んで棺に腰を下ろし、話すことになる。
「驚いたのですが、警備隊はただの巡回でこの休憩所に来たそうです。定期巡回で。それで何か異常はないかとなったので、あの男二人を引き渡すと、警備隊は『またこいつらか』とあきれ顔でした。どうやらこの街道沿いの休憩所に現れては、若い女性を見つけ、手を出していたようで……。しかも酒に酔っていたという名目で罪を認めない、成金男爵のドラ息子とその腰巾着でした」
「なるほど。常習犯なのね。どうせ今回も親がお金を詰んで逃げ切るのでしょう」
「そう思うとやはり自分が始末を」
そこでエルの手をぎゅっと握る。
「いいの、気にしないで、エル。実はどさくさに紛れて、私も二人の急所は蹴り上げたから。下衆な言葉を聞かされたけど、もう忘れる。でもいつか私が返り咲いたら、あの二人を見つけ出して、ぎゃふんと言わせるわ。他の被害者の女性の無念を晴らすためにもね」
「お嬢様……」
「それで警備隊は帰ったの?」
するとエルは首を振る。
「引き渡した男は荷馬車に乗せられ、警備隊の本部まで連行です。既に出発しました。ですがこの件もあったので、朝まで隊員が数名残り、警備についてくれるそうです」
これは嬉しくもあり、困ることでもある。
警備隊がいるとなれば、あの酔っ払い二人組のように、悪さを働く者は現れないだろう。氷室へ移したスープも万全だ。
その一方で私は追われている身なのだ。警備隊が近くにいると思うと休まらない!……とも思ったが、状況が掴めると、全身から力が抜け、猛烈な眠気に襲われる。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「急に眠くなってきたわ」
「! 魔力を回復させたばかりなのに、ラーメンで頑張られたからですよ。もう、横になってください。まだ少し早い時間ですが、体が睡眠を欲しているなら、眠るべきかと」
「でも片付けが」
エルは私の手をとり、こんなドキッすることを言う。
「お嬢様の手は白魚のようだったはずです。すっかり働き者の手になってしまいましたが。片付けなど『エル、やっておいて』と命じていただいて構わないのですよ!」
「エル……」
「警備隊は隣国からやってきた悪女を探す気配はありません。売店の横に警備隊の詰め所があるので、今日はそこを拠点に、時間をおいて、休憩所内を巡回するとのこと。よって警備隊のことも気にせず、お休みいただいて大丈夫ですよ」
そう言うとエルは私を立ち上がらせ、棺の蓋を開ける。そして「どうぞ、お嬢様」と言ってくれるのだけど……。
棺に入れと促されても!
思わず笑い出すと、エルは「!? 自分、何か変なこと、いいましたか!?」と、弱いランプの下でも分かるぐらい、顔を赤くしている。
「だって『お嬢様、棺の中へどうぞ』って。私、ドラキュラじゃないのに」
「! そ、そうですよね。生きているお嬢様に棺へ入るよう勧めるなんて……」
「ちょっとシュールだと思っただけよ。ねえ、それよりエル。あなたは見た?」
私の問いにエルは、プラチナブロンドの髪をサラッと揺らし、首を傾げる。
「見た……と申しますと?」
「猫のような引っ搔き傷を残した人物」
「! それが……。夜ということで薄暗かったからでしょうか。しかもその人物、何もかもが黒かったようで……影のようなものが、あの体格のいい男の背後で動いているように見えたのですが……。途中から、ひょろっと男の方に集中してしまい……気づいたらもう姿が見えませんでした」
私は酔っ払い男の体越しに、謎の救世主の姿を見ただけだった。しかしエルは、酔っ払い男達の背後から、私の方へ向かって来たのだ。
ばっちりその姿を見ているのかと思ったら……。そうではなかったようだ。
「何もかも黒かった。シャツも白ではなく黒だったということ?」
「そうだと思います。それに髪も黒く見えました」
「黒髪……珍しいわね」
この世界、西洋をモチーフにしたゲームの世界であるため、髪の色はブロンド、ブラウン、シルバーが基本で、あとはその色味をアレンジしたような髪色ばかり。実は黒髪を見たことがなかった。ダークブラウンという髪色もあるが、それでもブラウン系と分かる色味。
まさか東方系のキャラクターも、私が転生した後に追加されたりしたのかしら……?
「お嬢様に狼藉を働こうとした男を薬で眠らせ、姿を消した。ということは、純粋にお嬢様を助けたかったが、自身の素性を明かしたくなかったのだと思います。お嬢様はお優しいので、御礼の言葉を言いたいと思うかもしれません。ですがこの場合、探さない方がいいと思います」
「そうよね。何か御礼を欲しかったら、名乗りでてくるだろうし。でも本当によかったわ。あの時は何気にピンチだったから。エルもいいタイミングで駆けつけてくれて、助かったわ」
「お嬢様……!」
うるうるの瞳のエルだったが、すぐに気を引き締め直し、私に尋ねる。
「棺の蓋は、開けたままでいいですよね?」
話ながらもちゃんと棺の中に横たわると、エルは律儀に掛け布をかけてくれていた。そして蓋を閉じるかと尋ねられたが……。蓋をしていたら安眠できるのかしら?なんて思ったが、咄嗟の事態で動けないと困るだろう。
「開けたままでいいわ」
「かしこまりました。大きな街についたら、簡易ベッドを手に入れます」
「大丈夫よ。意外と寝心地がいいの。ドラキュラが棺を好んだ気持ちが分かっちゃうかも」
するとエルは大変困った顔になってしまう。「お嬢様は公爵令嬢なのに!」と。
「今回みたいに、いざとなったら隠れられるでしょう? 私の演技力も試されるかもしれない。でも棺ベッド。便利だと思うの」
「お嬢様……」
エルは眉を八の字にして、困り顔になっていた。
お読みいただきありがとうございます!
「第十九話:お嬢様っ!」は明日の7時頃公開予定です~
エルが叫んでいるようですが、一体何が!?
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