第十七話:二人同時に
小麦で目くらましをした後、魔法で男から麺棒を取り上げる。そこでようやく二人は、私が魔法を使っていると気付いた。
「くそっ、この女、生意気な!」
「これでどうだ!」
体格のいい男は、スープの入った鍋のそばに。
ひょろっとした男は、ヨロヨロしながらもクーラーボックスを持ち上げた。
「言うことを聞かないと、この鍋、蹴るぞ」
「この箱も地面に落としちゃうよ~」
魔法で二人同時に攻撃はできまいと思っているようだ。
その点について言うなら、複数の魔法を同時に行使すればいいのだけど……。
男達を気絶させたら、鍋のそばの男は、スープの中にダイブするように倒れる可能性がある。ひょろっと男は、クーラーボックスから手を離し、中身が地面にぶちまけられる可能性があった。
「ほら、早く来ないとこうするぞ」
男が鍋に向かい、唾をはきかけようとした時。
気付かなかった。
いつの間に体格のいい男の後ろに回り込んでいたのか。
男の後ろに細身の人物がいたのだ。そしていきなり男の口に手を回した。
その手……指には、鋭利な黒い金属製の指サックのようなものをつけている! まるで猫の爪のように、その鋭利な部分で男の顔をひっかく。
「な、なんだお前!」
ひょろっと男がクーラーボックスを投げつけようとしている!
そこでクーラーボックスを魔法で宙に固定。するとそこへ「お嬢様!」とエルが駆けてくる。
エルはクーラーボックスをキャッチし、ひょろっと男の急所をひと蹴り。
騎士であるエルの、まさかのストリートファイトのような戦い方にはビックリだ。しかし驚くのはまだ早かった。あの体格のいい男は地面に伸びている。そして男を倒した、謎の武器を指に装備していた人物の姿は……消えていた。
◇
心臓の音がトクトクと激しい。
これでは隠れている意味がないのではないか。
隠れる……そう、私は今、幌馬車の中の棺の中で手を合わせ、息を潜め、目を閉じている。
アルシャイン国の南部方面を管轄する警備隊。
彼らが突然、私達のいる休憩所に現れたのだ。
酔っ払いの男二人をまさに倒して安堵したところに、警備隊がやってくるなんて!
警備隊は前世の警察に近い存在。もしや逃亡している私のことがバレたのでは……と大いに焦ることになる。そして今の私はラーメン作りで相応に魔法を使っていた。転移魔法を使えても、大した距離を移動できない。それに転移魔法で移動する度に、いろいろな物を失うわけにはいかないのだ。既に屋敷を失っている。せっかく手に入れた幌馬車、エルも頑張ったつけ麺一式。置いていくわけにはいかない。
つまり転移魔法を使わないと決めた結果。
エルが手に入れてくれた棺があるのだ。隠れない手はない。
ということでフローラルの香りがまだ漂う棺に隠れたはいいが、心臓の鼓動が激しくて……。
棺の外に、聞こえているのでは!?と思ってしまう。
何度か深呼吸をして、気持ちを静めようとするが、全然ダメ。
どうしたって落ち着かないなら、別のことを考え、気を紛らせよう。そうしていれば、この心臓のドクドクも収まるかもしれない。
ということで先程の酔っ払いの男達の件を振り返る。
エルの蹴りには本当に驚いた。本人に聞くと「お嬢様が一人と分かって働いた狼藉。情状酌量の余地はないと思いました。よってあれは妥当だと思います。騎士として剣を抜く価値もない、虫けらだったかと」そうあの整った顔で、しれっと答えたのだ。
入浴を終え、気持ち良くエルが歩き出した時。私に絡む男二人の姿が見えた。ほぐれた気持ちは一気に緊張し、怒り心頭に向かったようだ。
さらにエルは「どうせ自分達は追われている身です。この男二人を始末したところで、関係ないですよね?」と冗談なのか本気なのか分からない表情で言い出すので、「追われているけど、私達犯罪者ではないのだから、罪を増やす……いや罪を作る必要はないのよ。休憩所の管理事務所に連れて行き、明日にでも警備隊へ突き出してもらいましょう」と宥めることになる。
もしあの二人が貴族なら、警備隊に差し出しところで、お金でも積み、逃げおおせるだろう。本音ではエルの言うように、川にでも沈めたい……いえいえ、深窓の令嬢ですから、そんなことは願いませんよ?
それはさておき。
あの酔っ払いの体格のいい男を倒した人物は、何者だったのか!?
倒れている男の様子を確認したエルは「打撃系で気絶させられたわけではないですね。……この顔にできている、猫の爪のような引っ搔き傷。もしかすると、何らかの薬を塗った爪で、引っ掻いたのかもしれません」と言うのだ。
実際のところ、体格のいい男の脈や心臓は平常で、その様子を見たエルは「気絶しているというより、寝ているように思えます」とのこと。あの黒い、鋭利な爪のような武器に、眠り薬でも塗られていたのではないか。酔っぱらって血流もよくなっていた男は、あっという間に眠り薬が体内を巡り、寝落ちしたように思える
そんな薬を塗った武器を指に装備しているなんて、只者ではない!
だが私は助けられたのだ。
しかも名乗ることなく消えていることには驚きしかない。しかしその人物のおかげで、大切なスープも麺も煮卵も守られたのだ!
……守られたのだ!って守られたものがラーメンの材料ってどうなの!?
国外追放され、隣国で逃亡中の私ではあるけれど、一応公爵令嬢なのに。
ラーメンの材料が守ら……。
そこで唐突に棺の蓋が開けられ、私は絶叫しそうになる。
だが私の口は、手でぐっと押さえられた。
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次話は18時頃公開予定です~
【併読されている読者様へ】
『悪役令嬢は死ぬことにした』の番外編(5)ですが
14時までに公開します~