第五十四話:昼食会
「フェリス、ここだよ」
そう言われて辿り着いた王宮のダイニングルーム。
ドキドキしながら扉の前に立つ。
王家が主催する昼食会は、先に招待客が会場入りし、国王陛下夫妻は後から入場するのがセオリー。よってまだ中に、国王陛下夫妻はいないのだから、緊張する必要はない。
ということで一度深呼吸をして、扉が開くのを待つ。
「あっ」
思わず声を漏らしてしまったのは、既にダイニングルームに国王陛下夫妻がいたから!
ロイヤルブルーのフロックコートに白の毛皮のついたマント姿の国王陛下。国王陛下と同色のローブ・モンタントを着た王妃殿下。
二人は長テーブルの窓際の席に並んで着席していたが、私達の登場に、笑顔で立ち上がる。
まさか先に待っていてくださるなんて!
私的で親しい相手との食事会では、王族であっても先に中に入り、相手を出迎えることがある。どうやら今回国王陛下夫妻は、かなりフレンドリーに私へ接しようとしてくれているようだ。
「よく来てくれた、アイゼンバーグ公爵令嬢!」
「楽しみにしていたのよ、アイゼンバーグ公爵令嬢」
二人はニコニコとしたまま、歓迎の言葉を伝え、握手を求める。
「国王陛下、王妃殿下、お会いできて光栄です」
軽く挨拶を交わし、着席となる。
国王陛下の目配せで、メイド達が動き出す。
「昨晩は離れた場所で見ることになったが、近くでこう見ると、本当に美しい! まるでこの場に、大輪のバラが咲いたようだ!」
「本当ね。なんて華があるのかしら。でもそれだけじゃないのよ。アイゼンバーグ公爵令嬢は、思いやりもあって、優しい方なのよ」
「それは知っておる。ストリート・チルドレンだった少女を、更生させ弟子に迎えた。売り上げ不振の東方料理のお店の立て直しにも手を貸している。ヨクアンという幻のスイーツを復活させ、イースト島の村に希望を与えた。まさに聖女のようなご令嬢であることは、すべてクラウスから聞いておる。一緒に食事をすれば、アイゼンバーグ公爵令嬢の名が出ない日はなかった。寝ても覚めてもそなたに夢中のようじゃ、クラウスは」
これには私は驚き、クラウスは「父上、そんなことを明かさないでください」と顔を赤くし、前菜を出すメイドは皆笑顔だ。
「今更何を照れておる。告白もして、求婚状も送ると言っていたではないか。ここはちゃんとアイゼンバーグ公爵令嬢の心を、がっつり掴まないと!」
「そうよ、クラウス。あなた恋愛経験もなければ、恋愛をテーマにしたオペラも演劇もろくに観ないでしょう? その辺りの知識が疎いのですから、迅速に動かないと、他の殿方にハートを奪われてしまいますわよ」
国王陛下夫妻……ご両親からはっぱをかけられ、クラウスは耳まで赤くしながら、隣に座る私に弁明する。
「フェリス、これには理由があるんです。君が悪女ではないと理解してもらうためには、君の人柄を示す必要があった。だから僕が見た君のありのままを話すことになりました。そして告白や求婚状の件は……王族の結婚は、私的なものにはしてもらえません。どうしても報告の必要があり……」
「問題ないですよ、クラウス王太子殿下。これでも元王族の婚約者をしていたので、その辺りの事情は理解できています」
「フェリス……!」
クラウスがエルのように瞳をうるうるさせると、国王陛下がこんなことを言う。
「そこは頼もしいのう、クラウス。ゼロから王太子妃教育を受ける必要もないんじゃ。それにアルシャイン王家ならではの慣習も、彼女ならすぐに覚えるだろう。なにしろ学校も主席で卒業したと聞いている。嫁として迎えるに辺り、何の問題もない。そして既にわしはその婚約を認めている」
「父上! そんな性急なことを言わないでください。フェリスはようやく国外追放が解かれ、これから国に戻り、ご両親に会う必要もあります。仲間のことを含め、今後の身の振り方を落ち着いて考える時間が必要なんです。僕は彼女を急かすようなことはしたくない。彼女の意志を何よりも尊重したいのです。そんな外堀を埋めるような発言はお控えください。今日はそういう意図で昼食会をするわけではなかったはずです!」
クラウスにぴしゃりと言われると、国王陛下夫妻はしょぼんとしてしまう。
公の場では堂々としたお二人なのに。こんな姿を見せてくれるなんて。本当に二人が心から私を家族の一員として迎えようとしていることが伝わってくる。
「クラウス王太子殿下、私を気遣って下さり、ありがとうございます。国王陛下、王妃殿下。私、今日の昼食会をとても楽しみにしていました。というのもお二人が知るクラウス王太子殿下の子供時代のお話を聞きたいのです。文武両道の王太子殿下ですが、子供の頃はどうだったのかと、気になります」
「! それならば沢山話せるぞ。クラウスはこう見えて、泣き虫。最初の乗馬では、ポニーと対面した時、顔をぺろりと舐められた。それはポニーからすると愛情表現。だが驚いたクラウスは腰を抜かし、泣き出した」
「クラウスはね、子供の頃、カリフラワーが苦手だったの。でもカリフラワーは消化によく、胃にも優しい食べ物よ。無理して食べさせるつもりはなかったけれど、『食べられないかしら、クラウス?』と尋ねたら……。こうやってなぜか鼻を押さえて、パクッて食べたの。すごい頑張り屋なのよ、クラウスは」
「父上、母上、どうしてそんな話をするんですか! もっと僕の……かっこいい話をしてください!」
「そう言われても、失敗談の方が、覚えておる」
「そうよ、クラウス。あなたは子供の頃からおりこうさんだったから。微笑ましいエピソードの方が記憶に残るのよ。そういう話を聞きたいわよね、アイゼンバーグ公爵令嬢も」
これには私もクスクス笑い「はい。今聞いたようなエピソードをもっと知りたいです!」と答えると、クラウスは「フェリス……!」と眉を八の字にして、国王陛下夫妻は「任せておけ」「沢山お聞かせするわ」と笑顔で答える。
この後はもう笑いが絶えない昼食会になった。
お読みいただきありがとうございます!
ほっこり家族の団欒エピソードでした♡
次話は明日の7時頃公開予定です~
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