第五十三話:悪いことばかりではなかった
クラウスの両親、すなわちアルシャイン国の国王夫妻と昼食を摂ることは昨晩、別れ際に提案された。
それはこんな風に。
『フェリスが悪女ではないという件。国王である父上が受け入れ、母上も支持してくれたから、新聞社も報道をやめてくれた。アラン国王と交渉する時も、フェリスのことを話題に出せたんだ。僕なんかより、両親が尽力してくれたところが大きい。その分、フェリスのことも気になっているみたいなんだ。だからどうだろう。明日、昼食を僕も同席で、両親と四人で摂らないか? ピアとエルには別途昼食を用意するから』
こうクラウスに提案され、「ノー」の選択肢はない。
勿論、快諾!
そして至る現在だった。
つまりは温室から戻ると、国王陛下夫妻とクラウスとの昼食のため、届けられたローブ・モンタントのドレスに着替えることになる。そのドレスはクラウスの瞳を思わせる、透明感のある碧い色で、とても美しい。併せてパールのネックレス、イヤリング、髪飾りも届けられたが、ここは遠慮している場合ではなかったので、有難く受け取ることにした。
髪はハーフアップにして、お化粧はナチュラルに。
メイドの手伝いのおかげで手早く準備が終わる。
時間になれば、部屋にクラウスが迎えに来てくれることになっていたが……。
微妙な待ち時間はなんだか緊張してしまう。
昨晩の舞踏会では、ギャラリーの一人のような感覚で国王陛下夫妻を見ていた。しかもその後、アランと話し込み、国王陛下夫妻への個別の挨拶もできていない。
そもそも舞踏会の国王陛下夫妻への挨拶は、招待された貴族一人一人が行うものではなかった。ホストでもある国王陛下夫妻が入場する時、招待客は一斉にお辞儀をしているが、それで挨拶をしたとみなされていた。そうではあったとしても、今回の悪女の汚名返上の件では、多分にお世話になっているのだ。そこは個別に挨拶をしたいところ。それもあったので、クラウスが昼食会を提案してくれたのは、非常に有難いことだった。
有難いことではあるが、アルシャイン国はとんでもない大国であることを、実際に旅して実感している。トレリオン王国では幼い頃より王宮で王族を見てきたから、緊張なんて本当に最初だけだった。でも今は違う。とんでもない大国のトップに会うのかと思うと、緊張感は高まる。
クラウスが来るのを待ち、前室のソファに座り、深呼吸をしていると「ラベンダーティーをお持ちしますか?」と提案されてしまう。ちょっと恥ずかしかったがお願いし、到着すると、早速口へ運ぶ。
ラベンダーティーは濃すぎると、匂いをきつく感じるが、これは実に丁度いい。やはり宮殿に仕えるメイドは、有能だと思った。
一杯を飲み終え、まさにホッとしたところで、扉がノックされる。今朝見た白のフロックコート姿のクラウスが、迎えに来てくれた。
「フェリスお待たせ。アラン国王との会談が少し長引いてしまった。待たせてごめんね」
「いえ、まだ昼食会の時間ではないですから。大丈夫です」
「会場は宮殿ではなく、王宮のダイニングルームになるから、そろそろ移動しようか。少し距離もあるから」
「! 分かりました。……王宮に私が入っていいのですか?」
一応、友好国ではあるが、他国の公爵令嬢という立場なのだ、私は。王宮は王族にとってのプライベートエリア。他国の人間はあまり入れないはずだった。
「両親が許可しているんだ。問題ないよ。行こうか」
透明度の高い海のような碧い瞳を細め、クラウスが秀麗な笑顔と共に手を差し出す。
「はい」
応じた私はクラウスの手に自分の手を載せ、彼のエスコートで部屋を出る。
「今回、案内することが出来なかったけど、宮殿と王宮がある敷地内には、フェリスに見せたいものが沢山あるんだ」
「そうなんですか!? 天文台があるだけでも驚きでした。他にどんなものがあるのですか?」
「定番ではあるけど、王家の宝物庫。そこには王家に伝わる秘宝から聖剣まで、いろいろなものがある。さながら博物館と美術館を合わせたような感じで、一日は楽しめる」
それはそうだと思う!
普段、誰の目のにも触れることのない秘宝を始め、その価値の換算は困難な美術品や芸術品が沢山あるのだろう。
「あとは国内で最大規模を誇る王立図書館。夏におすすめなのは王宮植物園。ここの蓮池はとても幻想的だよ。朝靄の中で咲く蓮の花を見ていると、別世界に迷い込んだ気持ちになる。あとは小さいけれど、動物園もある」
「動物園があるんですか!?」
「動物園といってもよくある動物園とは違い、珍しい動物や鳥を飼育しているんだ。希少動物の繁殖や研究のために。繁殖は成功したら、国内の動物園に譲ったりしているよ。あとは図書館もすごいよ。蔵書数は……」
クラウスの話を聞いていると、宮殿にもっと滞在したいと思ってしまう。
トレリオン王国の宮殿と王宮も敷地は広大だが、その大半が庭園と乗馬場。特筆すべき建物は、宝物庫ぐらいだった。そこを踏まえてもやはりアルシャイン国が大国であると実感してしまう。
トレリオン王国にいた時。世界のすべてがトレリオン王国だった。だがこうやって別の国に実際に足を運び、過ごすことで、その価値観は大きく変わる。
国外追放。それは不名誉なことではあったのだけど、沢山の経験を積めた。そしてかけがえのない出会いだってあったのだ。
「フェリス、ここだよ」
クラウスが、アイスブルーのサラサラの髪を揺らし、透明度の高い海のような碧い瞳を輝かせる。
そう、彼のような優しい人に出会えたのだから――。
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