第四十九話:嘆きの声をあげる。
クラウスに諭されたアランは、クールダウンしてくれた。無理に求婚することを止め、私が落ち着くのを待つと言ってくれたのだ。
「いきなり求婚ではなく、これまで会えなかった五年間を埋めるような時間も持ちたい。お茶をしたり、食事をしたり。そんなところから始めていいだろうか?」
「はい。それならば安心です」
私が応じたまさにその時、ガヤガヤとした声が聞こえる。振り返ると沢山の令嬢が姿を現わした。
「あ、見つけた!」
「王太子殿下!」
「アラン国王陛下!」
「「「ダンスをしてください~!」」」
若い二人の有望な花婿候補二人が、舞踏会のホールから消えてしまった。令嬢達はアランとクラウスを探し、この休憩室にやって来たようだ。
「! 僕はもう何十人もの令嬢とダンスをした。今日はもう勘弁だよ」
クラウスが嘆きの声をあげる。
「アラン国王陛下。陛下はまだ、フェリスとしかダンスをしていませんよね!? ここは頼みます!」
これにはアランは「!?」となるが、確かに私としかダンスをしていないことを思い出したのだろう。
「分かった」
アランがソファから立ち上がった瞬間。
部屋を大量のバラの花びらが舞う。
「まあ、綺麗」
「これはアラン国王の魔法?」
「さすが上級魔法の使い手ですわ」
令嬢達が喜びの声を上げる中、クラウスはなんと素早く私を抱きかかえる。つまりはお姫様抱っこをして、テラスに続く扉を開け、外へ出てしまう。
ちなみにあの大量のバラの花。
間違いなくアランではなく、クラウスだと思う。
休憩室から抜け出すための、目くらまし!
バラの花の目くらましに騙されることはなかったが、いきなり明るい室内から、夜空の下に出たので、目が慣れない。一度目をぎゅっと閉じ、開けると――。
「ここは……」
目の前には、月明かりに照らされた銅製のドーム型の屋根が見えていた。
「これはね、宮殿に設けられた天文台で、ここで惑星や彗星、恒星の運行を観察して記録しているんだ。記録したことは、カレンダー作りや航海術に役立てている。ここなら誰にも邪魔されない」
そう言うとクラウスは私を地面におろし、鉄の扉を開け、中へと入る。
クラウスが魔法を使ったのだろう。
眩しい!
室内のランプがまるで自動で灯ったように感じる。
「あ、何にもないわ」
「そんなことはないさ。そこに天体望遠鏡がある。そしてそっちに机と椅子。その周囲には沢山の本。あとは仮眠用のカウチもある」
「でもそれだけしかない。天文台ってこんなもの?」
私の問いにクラウスは不思議そうに尋ねる。
「フェリスが知る天文台には、もしかして厨房やベッドまであるの?」
「! 分からないわ。初めて入ったから。でもこんな感じなのね。本当にこれだけなのね」
天井が高いからか。
部屋に広さを感じるが、ほとんど物がないので、がらんどうに感じる。
そこでぽすっとソファに座ると、クラウスは「フェリスは動物みたいに嗅覚が利くのかな? 分かったよ。降参」と言うと、机の引き出しを開けると……。
「観測中に小腹が減った時のものだから、大したものじゃない。ドライフルーツ、ナッツとチョコレート。そして特製アップルサイダー」
ちゃんとお皿に盛りつけ、そして瓶に入った琥珀色のアップルサイダーをローテーブルに出してくれたのだ! どうやら何もないと呟くことで、「本当は何かあるんじゃないの?」と私が言っているように、クラウスは捉えたようだ。私は単純に何もない部屋だと思い、呟いただけなのだけど!
そんなことを思っていると、クラウスがアップルサイダーについて説明してくれる。
「すりおろしたリンゴに水を加え火に掛け、蜂蜜を溶かす。そこにシナモン・クローブ・ナツメグ・レモンの皮を加えて煮込んだんだ」
「なんだかホットで飲んでも、美味しそうだわ」
「そうだね。ホットでも美味しい。でもこうやって冷ましたものは数日保存が効くし、便利だよ。どうぞ、飲んでみて」
細長い瓶の蓋をクラウスが開け、渡してくれる。
「ありがとうございます」
そして瓶を口に近づけると、スパイシーな香りがする。シナモンとクローブだ。そのままゴクリと一口飲んでみると……。
リンゴの甘味に蜂蜜のコクのある甘さが混ざり、ほんのり酸味も感じる。レモンの爽やかな風味により、後味はしつこくない。
「とても美味しいです。これ、何杯でも飲めそう……!」
「それはよかった。簡単に作れるから、秋の間はよく飲んでいる」
そう言うとクラウスが私の隣に腰掛けた。
そして……。
「あ~。疲れたよ。フェリスが冷たく僕を令嬢の海の中に置き去りにするから、もう笑顔が引きつるぐらい頑張って、ダンスを踊りまくりだよ。もう一生分のダンスを踊った気がする」
そこでクラウスが少し体をずらし、わたしの肩に自身の顔を寄せた。
さりげないスキンシップだが、嫌ではない。
胸が嬉しくてトクトクとしている。
照れくささを誤魔化すように、私はこんなことを口にする。
「一生分のダンスを踊ってしまったの? ではクラウスさんはもう、私ともダンスできませんね」
するとクラウスは慌てて顔をあげ、「フェリスは別だよ。フェリスとだったら一晩中、ダンスする!」と言ったのだけど。
肩にもたれるようにしていたのだ。そこで急に顔をあげてコチラを見たら……。
ち、近い……!
クラウスは顔面偏差値が高いのだ。
こんな至近距離はダメでしょう!
ここは距離を!と思い、身を引こうとした。だがクラウスは腕を伸ばし、逆に私をふわりと抱き寄せる。
ぎゅっと抱きしめるわけではない。
まるで親鳥が雛鳥を自身の羽で庇うように。
優しく抱き寄せたのだ。
その引き締まった胸におでこがコツンと軽くぶつかり、彼のつける爽やかな香水を思いっきり吸い込んでしまう。
いい香りとドキドキでめまいがしそうになる。
「フェリスは人気者だから……心配だな」
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次話は12時頃公開予定です~