第四十七話:十六年間ずっと
私が尋ねると、アランは何だか肩の力を抜いた。
「わたしがトレリオン王国を離れ、婚約せず、そして今日ここへ来た理由。それはすべて同じだ」
この言葉に「まさか」という気持ちが沸き上がる。
「わたしはアイゼンバーグ公爵令嬢。君が好きなんだ。二歳の君を見た時から、ずっと、今この瞬間も」
「え、え、え」
情けないが驚きすぎて、この言葉しか出ない!
「十五歳でトレリオン王国を離れ、留学した理由。表向きは世界のあらゆる武術を学べる特殊な学院へ入学するため、だ。でも違う。限界だった。君はどんどん美しく成長し、気高く、聡明で、わたしの心を捕らえる。でも君はロスの婚約者だ。このまま同じ王宮にいたら、わたしは……過ちをおかしてしまうかもしれない。そう思い、留学を決めた」
もう声も出ず、口を動かすだけになってしまう。
「ロスに婚約者がいるのに、わたしが婚約者を作らなかった理由。父上には『自国の貴族令嬢と婚約するより、他国との外交交渉用に、王太子の婚約者の座というカードを残した方がいいのでは? 既に最有力のアイゼンバーグ公爵家は押さえているのです。残りの公爵家は歴史だけ長く、由緒は正しくても、そこまで力がありません』と進言した。父上はこの案に同意し、わたしの婚約を急がなくなった。でも本当の理由は違う。君のことが忘れられず、婚約する気になれなかった」
とりあえず落ち着こうと思い、リンゴジュースを飲む。
「舞踏会への招待に応じ、大勢のアルシャイン国の貴族の前で、君が悪女ではないと明言し、王家として謝罪したこと。表向きは、こう考えられた。まず、力関係を各国に示すため、トレリオン王国新国王の初外交先に、アルシャイン国が選ばれた。アルシャイン国の優位性を明確にするため、仕組まれたことと諸外国は考えたはずだ。さらにそのうがった見方を払しょくするために、公爵令嬢が利用されたと分析されているはず。自国の悪女とされた令嬢が、実は何の問題もないことが判明。しかも王家主導で公爵令嬢を貶めていた。彼女を自国へ迎えるため、新国王がわざわざ足を運んだだけ。そう思わせようとしていると、各国は考えたわけだ」
でもそれは違うのだろう。
「とんでもない苦しみを、君にロスと父上が与えてしまったこと。それを心から詫びたいと思った。何より君に会いたかった。だから今日、トレリオン王国へやって来たんだ」
さっきはアランが視線を伏せていたが、今度は私の番だ。
彼を直視できない!
おそらく、彼にとって私は初恋の相手。
その恋は実の弟に奪われてしまった。
まだ非力な子供であり、どうすることもできなかったのだ。アランに非はない。でもまんまとロスに奪われ、アランはずっと後悔していた。いた、ではない。現在進行形で後悔している。
「アイゼンバーグ公爵令嬢。ロスと父上によって貶められた名誉、表向きはすぐに回復する。公式な謝罪は今さっき、世界に向け発信された。王家としてもロスを罰し、さらに君に勲章も授ける。君が悪女ではないと皆、知ることになる。だが知るだけで、社交界では君の足を引っ張ろうとする者も多いだろう」
社交界とはそんなものだ。自分こそが目立ちたいと思う貴族たちが、まさに魑魅魍魎で競う世界なのだ。
「君の一件があったものの、アイゼンバーグ公爵は、自身の愛娘が国外追放になるのを許すことで、王家への忠義を尽くしたとみなされた。つまりアイゼンバーグ公爵家の影響力は、相変わらずトレリオン王国で大きい。そして貴族という生き物は、力がある者を妬む。それは時代が変わっても変わらない。君が悪女ではないと分かり、舌打ちする貴族は多いだろう」
「つまりトレリオン王国に戻った私に待つのは、歓迎だけではなく、悪意の洗礼も待っているということですね」
「そうなる。さんざん苦労している君が、これ以上疲弊するような事態にはしたくない。それに君は今、婚約者がいない身だ」
うん? なぜ今、婚約の話が?
「トレリオン王国で雑音を黙らせる方法は一つ。王族の婚約者になってしまえばいい」
「え」
「わたしがアイゼンバーグ公爵令嬢に片想いを続け、婚約をしなかった。そのことが功を成すとは思わなかった」
これには「ちょ、ちょっと待ってください」なのだけど、アランは待ってはくれない。一瞬視線を泳がせたが、そのまま私をじっと見つめると口を開く。
「アイゼンバーグ公爵令嬢。ロスが余計なことをしなければ、君とわたしは婚約しているはずだった。その過去をいくら悔やんでも仕方のないこと。前へ進むことが大切だと思う。幸いなことに、わたしと君が婚約する上での障害は何もない」
「ア、アラン国王陛下、落ち着いてください。一国の国王なのです。そんな大切なこと、安易な思いつきで動いてはならないと思います!」
「安易な思い付きではない。十六年間ずっと、君を想い続けていた。一度、君を手に入れ損ねたんだ。もう他の誰かに君を奪われたくない。アイゼンバーグ公爵令嬢、君のことが好きだ。愛している!」
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