第十六話:あいにくですが、痛い目に遭う予定はございません!
煮卵を食べた後は、順番でシャワーを浴びることになる。
「お嬢様、先へどうぞ。スープは自分が見ておきます!」
「ありがとう、エル。じゃあ、任せたわ」
休憩所には男女別でシャワールームがある。シャワーと言っても前世のようなものとは違い、ポンプの手動式。でも女性の利用客なんてほぼいないので、しっかり髪まで洗うことが出来た。ドライヤーはないが、乾かすことは魔法でできる。そこはもう楽!
こうしてスープを作っている現場に戻った。
「エル、どう?」
「最初より量がかなり減りましたが、これで大丈夫なのでしょうか!?」
エルはスープを煮詰めている寸胴鍋を見て、心配そうに私へ尋ねる。
「ええ。濃縮したものをお湯で割って使うから、これでいいのよ。もう後は風味付けになるから、シャワーを浴びてきていいわよ」
「分かりました。……でもお嬢様、一人になりますが……」
心配そうにエルが周囲を窺う。そこまで規模の大きい休憩所ではないが、街道沿いにあるのだ。沢山の荷馬車や馬車、大勢の人がウロウロしている。ここで騒ぎを起こせば、皆の注目を集めるだろう。しかも馬なり馬車なりに飛び乗って逃げるのも、夜間は危険だ。それに――。
「平気よ。転移魔法のような、大技の魔法は使っていないから、魔力は存分にあるもの」
いざとなれば、魔法でどうにかすればいい。
「そうですか。ではお言葉に甘え、申し訳ありませんが」
「申し訳なく思う必要はないのよ、エル。あなたは私の護衛騎士だけど、仲間なのよ。そして友であり、大切なラーメン屋のスタッフ!」
「お嬢様……」
再び瞳をうるうるさせるエルに手を振ると、彼はダッシュで休憩所の建物へと向かう。とっとと済ませ、戻ってくる心づもりとみた。
一方の私は、アンチョビで作られた魚醤、白ワインをスープへと投入。アルコールを飛ばし、白ワインと魚醤が馴染むように、仕上げを行う。
「よし。いよいよ味見よ」
そこでドキドキでスープをスプーンで口に含むと……。
「お、美味しい……!」
白ワインにより、魚醤の塩気をいい感じに抑えることができた。さらにニンニク、乾燥アンチョビ、玉ねぎの旨味が、とても芳醇に感じられる。程よい具合で濃厚であり、もしここにアクセントで加えるなら……。
胡椒を加え、スパイシーさをプラス、だ。
こうして胡椒を加えた後、火を止め、一旦休ませる。
このまま一晩かけ、味をなじませることにした。
この世界にあるもので、つけ麺作りに挑戦したけど……煮卵にも合う、いい感じの魚介系つけ麺スープが完成したと思う。
これにはもう単純に嬉しくなる。『ラーメン部』のみんなに味見させたら、どんな反応をしてくれるか。思わずニヤニヤすると。
「すげー、おいしそうな香りがする」
「本当だ。なあ、そこのお姉さん、このスープ、売ってんの?」
赤ら顔の酔っ払いの男性二人組が声を掛けてきた。
振り返ってその姿を見ようとすると、私のお尻に手を伸ばしていることが分かり、慌てて避けることになる。
キッと睨むとその二人、御者ではない。
少し古さを感じさせるフリルのシャツに、この時間なのにフロックコートを着ているということは……。
こういう場違いな姿をするのは、いわゆる成金男爵では!?
「わあ、すげぇ別嬪さん!」
「おい、お前、ワンピースにエプロンなんかつけているけど……平民か!?」
「そのスープ、全部買ってやるからさぁ、俺達の馬車に来いよ~」
「朝までたっぷり可愛がってやる」
酔っ払いというだけではない。何だが質が悪そうだ。
こういう時は相手にしないのが一番。
とうことで聞こえなかったフリをしようとしたが、腕を掴まれそうになり、咄嗟に魔法を使うことになる。
「うん? 何だこれ!?」
「お前、寝惚けているのか? 何やってんだよ!」
私の腕を掴んだと思ったら、それは麺棒だったので、男二人はキョトンとしている。
「相当酔っていらっしゃるようですね。今日はもうお休みになった方がいいのでは? それにこのスープは試作品です」
「なんだ、なんだ、お姉さん! そんな風にツンとされると、虐めたくなっちゃうなぁ」
「おい、それを寄越せ」
体格のいい男が、ひょろっとしている男から麺棒をつかみ取る。
「ぐだぐた言わず、こっちへ来い! さもなければ痛い目に遭うぞ!」
まさかの麺棒を振り上げている。
咄嗟に魔法で麺棒を掴ませたが、大切な商売道具。
それを暴力のための武器になんて……させない!
「あいにくですが、痛い目に遭う予定はございません!」
そこで私はテーブルに残っていた小麦を右手で掴み、二人の目に向け、放った。
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次話は12時頃公開予定です~
























































