第四十六話:終わったこと……終わってなどいない
「ロスの我が儘を正さなかったからこそ、君は婚約破棄され、断罪されることになったと思う」
アランがそんな風に考えてくれていたなんて……!
ロスの我が儘を正すと言っても、その頃のアランは今とは違う。お互いにまだ子供。父親である国王陛下は圧倒的な存在だっただろうし、「ロスの我が儘を聞かないでください、父上!」と言ったところで相手にはされなかっただろう。「お前には他の令嬢を見つける。弟に譲ってやれ」とバッサリだった気がする。
それはゲームの設定からも、そうなるだろうと思えた。何せ悪役令嬢である私が役目を果たすのに、ロスとの婚約は必須なのだから。
そんなこの世界の掟を知らず、ひたすら私に対して申し訳ない気持ちから、お茶会の日を起点に悲劇が始まったと考え、自分を責めるアランには……。
「アラン国王陛下、ありがとうございます。そのお気持ちだけで十分です。当時はまだ、陛下も子供でした。いくらロス第二王子を正そうしても、難しかったと思います。元国王陛下もロス第二王子を支持していたなら、なおのことです」
「そうかもしれないが、人間というのは、こうすればよかったと思うことをやらずに終わると……ずっと心残りになる。現にわたしは……」
そこでアランが視線を落とす。
どうしたのかと思ったら、視線を落としたままアランはこんなことを言い出す。
「わたしは……アイゼンバーグ公爵令嬢。君と会うのはあの日のお茶会が、初めてだったわけじゃないんだ」
「えっ!?」
「わたしと君の婚約の話を、父上とアイゼンバーグ公爵がすることになった時、君はまだ二歳だった。でも地方にいるわけではない。王都にいるんだ。父上は君を見たいと言い、アイゼンバーグ公爵は、まだ二歳の君を連れ、宮殿にやって来た」
そう言われると確かに宮殿へ連れていかれた気がする。初めての宮殿に私はテンションが上がっていたと思う。
「わたしは既にその時四歳で、剣術の練習を終え、王宮に戻ろうとして、君を見かけたんだ。アイゼンバーグ公爵に抱っこされた君は、好奇心で目をキラキラさせていた。回廊にある彫像に興味を持ち、庭園の花を見て喜び、蝶に向け手を伸ばす。元気な君がどこかに行かないよう、アイゼンバーグ公爵はしっかり君を抱っこしていたと思う。あの時の君は天使のようであり、とても可愛らしかった」
「そうだったのですね……」
「君にとって、王太子であるわたしとの婚約話。公爵家と王家。これは政略結婚だろうと思って当然だ。でもわたしには違った」
ここで顔をあげたアランが、明るいグリーンの瞳で私を真っ直ぐに見る。
「わたしはアイゼンバーグ公爵令嬢。君と婚約できることがとても嬉しいと思っていた」
「!?」
「だからロスが対抗心を燃やし、君とわたしの婚約を邪魔しようとした時、父上に抗議しようとした。しようとしたが……。父上にひと睨みされたら……言葉が……出なかった」
唇を噛み締め、悔しそうにするアランを見ると、慰めずにはいられない。
「それは……仕方ないと思います。アラン国王陛下はその時、まだ子供です。対して前国王陛下は、立派な髭もあり、肩幅も広く、まさに偉丈夫な方。ただそこにいるだけでも、威圧感があったと思います。それに瞳も濃いグリーンで目力もあり……何よりロス第二王子を可愛がっていることを知っているのに、物申すなんて……」
「アイゼンバーグ公爵令嬢、君は優しい。だがこれが事実なんだ。わたしが何としてでも君と婚約したいと主張し、ロスを退けていたら……。君は婚約破棄と断罪をされずに済んだはずなんだ」
アランはヒロインの攻略対象ではない。彼と婚約していたら、悪役令嬢にならずに済んだかもしれない。だがゲームの世界はそもそもそんなことを許さないと思う。悪役令嬢なのだから、ちゃんと役目を果たしてくださいと、いつの間にか軌道修正され、ロスの婚約者に落ち着いていたはず。
「お気持ちはよく分かります。ですがすべては過ぎたことです。終わったこと。自責の念をアラン国王陛下が持つ必要はありません。そうやって私の不運を嘆いていただけるだけでも、トレリオン王国の王家に対する印象が変わります」
「終わったこと……終わってなどいない」
「!? まだ何かあるのですか……?」
驚いて問うと、なぜかアランは私から視線を逸らし、その頬を赤くする。
「私がノースフォーク帝国への留学を決めたのも。その後、遊学し、まったくトレリオン王国に戻らなかったのも。理由がある」
そういえばさっきもそう言っていた。
「婚約をしない理由とも同じだ」
え、ここまで言われたのなら、その理由を聞いてもいいのかしら?
アランの瞳を見ると、聞いて欲しいと言われている気がした。
相手は王太子ではない。義理の兄になるはずだったが、そうはならなかった。彼は既に一国の王であるが……。
意を決し尋ねる。
「十五歳になり、トレリオン王国を離れた理由であり、婚約をしない理由。それは何なのですか?」
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