第四十五話:あの日
「あの日……?」
私が呟いたところで、曲が終わってしまう。
これは完全に不完全燃焼!
「アラン国王陛下。申し訳ないのですが、話の続きをお願いしたいです」
「はは。確かにこれでは気になるだろう。わたしと君が話していても、何もおかしいことはない。君に詫びていると思われるだけだろう。隣室が休憩スペースになっている。ダンスはスタートしたばかりだから、まだほとんど人はいないはず。そこで続きを話そうか」
「はい。お願いします!」
チラリとクラウスを確認すると、またも令嬢に囲まれている。
ここはもう「王太子、ファイト!」と心の中でエールを送り、アランのエスコートで隣室へ向かう。
彼の近衛騎士が後をついてくるが、適度な距離を保っている。きっと休憩室でも離れた場所で見守るのだろう。
こうして移動し、休憩室に入ると、そこは給仕を担当しているメイドやバトラーの姿しかない。さすがにダンスがスタートしたばかり。みんなダンスをしている。
「何かお飲み物でもご用意しますか?」
アランは王道の黒のテールコートを着ているが、着用しているマントには王家の紋章が刺繍されている。バトラーの一人がいち早くそれに気が付き、声を掛けてくれた。
「アイゼンバーグ公爵令嬢、何か飲まれますか?」
「あ、ではリンゴジュースを」
「! そうか。君はまだ……お酒を飲める年齢ではなかったのか。すっかり綺麗に成長しているから、てっきり……」
驚くアランに私は苦笑して伝える。
「アラン国王陛下は、十五歳で留学した後、ほとんど帰国されませんでしたよね? そしてそのまま遊学になり……。最後にきちんと会話したのは、私が十三歳の時です。その時に比べたら……私も成長します」
「そう言われてしまうと……。だがわたしが帰国しなかったのにも、ちゃんと理由がある。おっと失礼。ではわたしはシードルをいただこうか。もう二十歳だからね」
バトラーは「かしこまりました」と恭しく頭を下げ、別のバトラーに合図を送る。合図を受けたバトラーが「よかったらおかけください」と席へ案内してくれた。
通常、休憩室は椅子だけが壁際や窓際に置かれているが、ここは広々しており、ソファセットがいくつも置かれている。さながらホテルのロビーのようだ。
案内されたのもそんなソファ席の一つで、奥の窓際。ここだと何か話していても、給仕しているメイドやバトラーにも聞こえないだろう。
そしてソファへ腰を下ろすのと同時に、私のリンゴジュース、アランのシードル……リンゴのお酒が到着した。一緒にフルーツの盛り合わせを届けてくれたのも、気が利いている。
さすがアルシャイン国だわと感動してしまう。
「ではアイゼンバーグ公爵令嬢」
アランがグラスを掲げる。
私もリンゴジュースの入ったグラスを手に持つ。
「久々の再会を祝し、そしてアイゼンバーグ公爵令嬢の名誉回復を祝い、乾杯」
「ありがとうございます。乾杯」
搾りたてのリンゴジュースはみずみずしく、自然の甘さがたまらない。ダンスを続けて二曲踊った後ということもあり、喉を鳴らして飲んでしまう。
「ぷはーっ」とならないよう、一気飲みはせず、グラスをソファの目の前のローテーブルに置く。
「さて。先程の話の続きだ」
「はい」
「あの日、というのは、本当はわたしとアイゼンバーグ公爵令嬢の二人だけで行われるお茶会……顔合わせの日のことだ」
これには「!」となるが、続きを聞こうと、「ああ、あの日ですね」とまずは相槌を打つ。
「あの頃からロスは、わたしに敵対心剥き出しだった。自身は父上に可愛がられているのだから、それで満足すればいいのに。わたしが王太子という立場であることを、ロスは既に妬んでいたんだ」
それを聞いた私は「そうだったのですね……!」と答えることになる。
ゲームの設定もあり、かつ私が上級魔法の使い手であり、社交界でもロスが下級魔法しか使えないことを揶揄するような「公爵令嬢が月で、第二王子が薄雲」なんて噂をするので、私を羨む気持ちが強くなったのかと思った。
だが今のアランの話を聞くと、ロスは実の兄のことも嫌っていたことになる。それはアランが王太子であり、上級魔法の使い手であり、特別扱いされていることへの、これまた嫉妬。
ようするにロスは、自身より少しでも優れている人間を許せなかったようなのだ。
腐っても公爵令嬢と同じように、腐っても攻略対象なのだから、そんなに卑屈にならなくても……と思ってしまう。ヒロインであるワーリス男爵令嬢が愛想を尽かしたのも、もしかしてここが原因!?と思えてきた。
「わたしに敵対心を持っていたロスは、奪おうとしたんだ。わたしが婚約するはずだったアイゼンバーグ公爵令嬢を」
「! ということはロス第二王子は、一目惚れをしたという理由で、私との婚約を望んだことになっていますが……」
「違う。わたしから君を奪いたかっただけだ。現に後日、本人から言われた。『僕はお兄様より男としての魅力があるんです』とね。君と婚約できて、わたしに一つ勝てたと思ったようだ」
最悪だった。勝ち負けのために、ロスは私と婚約していたなんて……。
幼いロスが「僕はアイゼンバーグ公爵令嬢が好きなんだ」と言っていたのは……嘘だったわけだ。まんまと騙されたと、ここはハンカチを噛み締め、「キーッ」としたくなるが、それは我慢。
「あの日。ロスの我が儘を父上がちゃんと止め、わたしも……どうしたってアイゼンバーグ公爵令嬢と婚約したいと主張すればよかった。ロスの我が儘を正さなかったからこそ、君は婚約破棄され、断罪されることになったと思う」
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