第十五話:人生初の煮卵
「メンを伸ばす……この調理器具を使うのですか。……何だか武器になりそうですね? これもお嬢様が魔法で……?」
麺棒を剣のように持つエルを見て、思わず笑ってしまう。
「いざとなったら、エルだったら武器にできると思うけれど、今は麺を伸ばすのに使って。まずはこの小麦を打ち粉をしながら、厚みが三~四ミリになるよう、均一に伸ばすようにするの」
そこで私が麺棒を使い、その動きを見せると「分かりました!」と早速作業を開始してくれる。煮詰めて濃縮中のスープの様子を確認し、焦げ付かないように注意していると、さっきとは別の馬車の御者がやって来て、「何を作っているんだい?」となった。先程と同じ説明をするとやはり「では明日の朝、食べさせて欲しい」となる。その後も何人にも声をかけられ、ビックリ。
「スープの香りの効果ですね」と笑うエルの顔のあちこちに小麦粉がついて、白くなっている! なんだか子供みたいで、笑ってしまう。
だが作業をするエルは真剣そのもの。
「お嬢様、これでどうですか?」
「いいわ。……エル、あなた本当に器用ね」
褒められたエルは嬉しくてならないのだろう。
瞳はうるうる、耳は赤くなり、尻尾があったら盛大に振っていそうだ。
「麺の作業は今日、これが最後になるけれど……切っていくわ」
「どう切りますか?」
「生地をこうやって折り畳んで重ねるの」
興味津々で眺めるエルの前で、三ミリの太さの目安で包丁を入れる。
「すごいです! お嬢様! その手にしているナイフも初めて見たものですし、綺麗に均一に切れていくのが……見ていて気持ちいいです。自分でもできますかね!?」
「何事もチャレンジあるのみよ。試作品だから失敗しても仕方ないわ。ただ、ここでうまくカットできれば、麺をつるつると吸い込むことができて、美味しさが増すのよ」
「つるつると吸い込む!? 面白い食べ方ですね……! では美味しく食べていただけるよう、頑張ります」
そこからエルは神妙な表情になる。何度かは恐る恐るで切る感じだったが、コツを掴んだようだ。
「お嬢様、どうですか!?」
「いいわ! エルは本当に筋がいいと思う。その調子で切ってみて」
「分かりました!」
途中で交代し、私も切ったが、正直エルのカットしたものの方が上手に感じる。
「麺も一晩寝かせると、コシのある、茹でた時にムラがない麺になるわ。打ち粉をまぶし、麺がくっつかないようにして、魔法で用意した密閉容器に入れたら……クーラーボックスで寝かせましょう」
一晩寝かせるメリットは、グルテンが落ち着き、水分が均一に広がると聞いたことがあった。と言っても今回の作業はすべてラーメン好きが集まり、「せっかくだから自分達でもラーメンを作ってみよう!」となった時の記憶を思い出し、作業をしていたのだ。ちゃんと出来ているかどうかは……もはや試食あるのみ、だ。ということで、最初の試食となるのは……。
「麺はこれで完了よ。スープはまだ。煮卵の味見をしてみましょう」
そこでたれの中から取り出した煮卵を糸でカットすると、エルが驚きの表情になる。
「どうしたの、エル?」
「その、ゆで卵を作る際、失敗すると中がどろっとしていたのですが……どろっとまでは行かない、半固形な様子は……美味しそうですね」
これを見た私は頬が緩みそうになる。まさに前世の大学で学んだことを思い出す。
「人間には新奇性追求という気質があるのよ」
「何ですか、それは!?」
「新しいものに興味を持つ人の、気質のことよ。年齢的なピークがあると言われているけど、エルはまさに新奇性追求が強い時期でもあると思うの。そうなると初めて見る食べ物、味にも興味を持ちやすい」
新奇性追求が強いと、新商品や新しいお店、新メニューにも挑戦したがる。その一方で損失回避が発揮されると、いつものお店のいつもの味を求めるのだ。
「そ、そうなのですね。自分は単純にお嬢様が作る物なので興味を……い、いえ……。えーと……あ! あと、糸で切るのはアイデアですね! とろっとしているので、ナイフでは切りにくかったと思います」
「茹で卵も糸で切ると、綺麗に切れるわよ。糸が一本あれば切れる。便利でしょう?」
「はい! そうやって茹で卵をスライスできると、振りかけた塩胡椒も無駄にならない気がします!」
つるんとした状態で振りかけると、確かに塩胡椒はあちこちに散ってしまう。
それはともかくとして。
「ではエル。人生初の煮卵、召し上がれ」
「! 人生初……そうですね。ありがとうございます、お嬢様。いただきます」
半分のサイズの煮卵を、はむぅと食べたエルは、もぐもぐと咀嚼し、「!」となる。
「これは……卵に味をしっかり感じます。マイルドな塩気と、この旨味。アンチョビはそのまま食べると塩辛いのですが、それはちゃんと抑えられています! そしてこの程よい塩気と旨味が……とろとろとした卵の黄身に、とてもよく合います。このまま食べても美味しいのですが何か……! なるほど! あのメンと一緒に食べたくなるのですね……!」
「そう、まさにその通り。麺と一緒に食べたら最高だと思うの。タレには白ワインを加え、アンチョビの塩気がマイルドになるようにしたの。独特の強すぎる風味も、白ワインで緩和されていると思うわ」
「スープにもアンチョビを使っていますよね。……合うと思います、ニタマゴ! これは絶品です!」
この反応に安堵し、私自身も実際に食べ、この煮卵が成功だと実感する。
そもそも卵かけご飯にアンチョビを混ぜると美味しいと、前世の会社のランチの席で聞いたのを覚えていた。ゆえにアンチョビ×卵は合うと思ったが……。
煮卵なのだけど、なんというか西洋風。しかもアンチョビの味わいは、前世の感覚だと高級感を覚える。
「これはきっと貴族も満足する味ね」
「そうだと思います! アンチョビは貴族が食べる料理にも隠し味で使われていますから。ニタマゴは貴族の食卓に並んでも、違和感がありません!」
生粋の貴族であるエルからお墨付きをもらえたわ!
こうしてこの日、貴族も庶民も楽しめるに違いない、お上品煮卵が爆誕した。
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【併読されている読者様へ】
『悪役令嬢は死ぬことにした』の番外編(4)ですが
21時頃に公開します~