第三十四話:このままここで
案内された部屋は、着替えのための客室だが、そこに住みたくなるレベルの豪華さだった。
まず目を引くのは床!
床に敷かれている絨毯が、まさにオーロラを見ているような色合いなのだ。絨毯を織るのに使われた糸は、一体何色あるのか!? とにかく絶妙な色調の変化は、そこに足を乗せるのをためらいたくなるレベル。
次にシャンデリア!
舞踏会の会場に吊るすような豪華なシャンデリアのクリスタルガラスはキラキラと輝き、ただそこに吊るされているだけで眩しい! 細かい装飾はぶどうとその葉がモチーフになっており、大変繊細な意匠。
そして壁に飾られている何枚もの大鏡!
この鏡のおかげで、部屋が広々と感じられ、また明るくなっている。綺麗に磨き上げられ、曇り一つない大鏡。着替えを終えた後、全方位でドレスの確認もできそうだった。
他にも天井画に描かれている神々と壮麗なチャリオット、暖炉の装飾である黄金のマントルピース、壁面のレリーフと見どころが……。
「お嬢様、よろしければ中へお入りください」
メイドの言葉にハッとするのと同時に。
いつものベージュの布を脱いだクラウスが、クスクス笑っているのが聞こえてくる。
追放されたとはいえ、公爵令嬢なのだ、私は。豪華さに圧倒され、扉の前で立ち止まってしまうなんて……!
恥ずかしいが、この部屋がすご過ぎるのが悪い! それにこんな美しい絨毯、タペストリーにして飾るもので、踏みしめるものではないと思います!
「この部屋がそんなに気に入ったのかい、フェリス」
いつの間に移動してきたのか。私の背後から耳元に顔を寄せ、クラウスがささやいたのだけど……。
敏感な首筋と耳にクラウスの息がかかり、これはもう何だか堪らない! しかもさっきまでの護衛モードのクラウスではない。つまりクールさから一転、素の朗らかな声でささやくから……。
ピアではないが、私も変な声を出しそうになり、慌てて「良い部屋です! 気に入りました!」と誤魔化すように答えることになる。
「ではフェリス、このまま宮殿で暮らす?」
これには「えええええっ!」と驚き、思いっきり振り返ってしまい……。
あやうく! あやうくクラウスとキスをしそうな体勢になってしまう。
これには盛大に驚き、声は出ないが、体が動く。クラウスから離れようとして、足元がもたつき……。
仰向けでひっくり返りそうになる。
「おっと、失礼」
だがそこは動けるクラウスにより、腰と背中に腕を回され、回避できたが……。
ひっくり返りそうになる私を支えたのだ。その反動で私の体はクラウスの腕の中にぽすっと収まる。
収まったその胸の中は……とても心地がいい。しかも腰を支えられ、背中に腕を回されている状態。
ぎゅっとではないが、抱きしめられているようなもの。彼のつける爽やかな香水、服越しでも感じられる引き締まった体躯、ほのかに感じるその体温。
本来は心臓大爆発案件に思えるが、なぜかそうならず、代わりにずっとこうしていたいと思っている。思わずその胸に鼻を摺り寄せそうになって……。
ち、違う、そうではな――。
「人払いをして、このまま二人きりになりたくなるな」
クラウスの声に、今、この部屋にはドレスへの着替えを手伝うため、メイドが何名も控えていることを思い出す。
「フェリス!?」
不意打ちのような形になったので、伸ばした腕の力でクラウスの胸の中から抜け出すことができた。本当はもっとそこにいたかったが、TPOを考えると、そんなことをしている場合ではない。
「き、着替えがあるので!」
焦った様子でそう言う私を見て、クラウスはまたもクスクスと笑う。
「そうだね。着替え。あ、ラベンダーティーかカモミールティーを用意させようか?」
「!」
ラベンダーティーかカモミールティー。どちらもリラックス効果があると言われている。つまりこれは落ち着いて、フェリス、ということだ。
落ち着く。
うん、落ち着く必要がある。
「……カモミールティーでお願いします」
「了解」
ウィンクしたクラウスは、メイドにすぐ目配せをした。するとメイドの一人が即部屋を出て行く。
「ではフェリス。寛いで着替えをして欲しい。見ての通り、ドレスは隣室に用意してある。湯浴びもできるから、準備は万全で、できるから」
この言葉に「えっ」とまた声が出そうになり、それは呑み込むことになる。着替えのために用意された部屋、ここだけかと思った。だがよく見ると、隣室へ続く扉がある……!
「頃合いを見て、使いを送るよ。ではまた後程」
そこでクラウスは私の手をとり、甲へと実に優雅にキスをする。その姿は実にため息もの。
ではなく!
今日は私の悪女の汚名が返上できるかどうかの大切な日。クラウスの一挙手一投足に振り回されている場合ではない。
深呼吸をして、私は答える。
「はい、クラウスさん。今日はよろしくお願いします」
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次話は12時頃公開予定です~