第三十三話:もしや……
馬車の中では遂、目の前のエルとクラウスに釘付けになり、涎が垂れそうになってしまった。
それを誤魔化すために、いろいろどうでもいいことを話しまくったおかげで、外の様子をろくに見ていなかった。だが気付くと、あれだけ沢山いた人の姿が窓から見えなくなっていることに気が付く。
きちんと整えられた石畳と等間隔で並ぶ街路樹と街頭。なんだか閑静なエリアにやって来たと思ったが……。
突き当り正面に、大変立派な建物が見えるが、そこまでは相当距離があると思う。さらにその手前には真っ白な装飾柵が張り巡らされ、等間隔で警備兵の姿が見える。
一般の貴族の屋敷ではここまではしない。
ということは。
この馬車は宮殿へ向かっているのでは!?
というかおそらく、宮殿の敷地に既に入っているから、人がいないのでは!?
「クラウスさん、お嬢様の着替えのために用意いただいている部屋は、もしや宮殿にあるのですか……?」
エルも気付いたようで、クラウスに尋ねる。
「ああ、そうだ。舞踏会も宮殿で行われる。都合がいいだろう?」
「それは……はい。そうです。そうですね……」
エルが動揺しながら私を見るが、それは私も同じ気持ち!
宮殿で開催される舞踏会は、王族主催となる。そして宮殿にある客間を利用できるのは、ホストである王族が礼儀を尽くしたい相手に限られる。そのため、多くが例え遠方からの出席でも、宿泊場所は自分達で確保するのが通常のこと。
それを踏まえ、宮殿に部屋を用意できるということは……。
クラウスはゼノビアの護衛なんてやっているが、やはり彼の両親は公爵家や侯爵家である可能性が高くなる。ますますクラウスの身分が気になってしまうが、その地位を示す物は身に着けていない。だが馬車は既に宮殿の敷地内に入っている。ということは御者は顔パスで、門を通過したわけだけど……。
そんなことを思っていると、馬車が止まる。
いよいよ前庭につながる門の前に到着したようだ。ここでは門番が詰め所から出てきて、馬車の確認、さらには車内をチラリと見る。
だがそれは本当に乗っている人間を不快にさせないために、素早く行われた。
外で御者と門番の声が聞こえるが、何を言っているか分からない。だがすぐに門は無事開けられ、馬車は中へと進んでいく。
前庭は一面に石畳が敷かれており、前世で言うならネオ・バロック様式だ。その広々とした空間には無駄がない。
「とっても広いけど、何にもないんだね。貴族のお屋敷といえば、大きな庭園なのに」
ピアがそう呟くが、残念ながらそれは大間違い。
なぜなら前庭が石畳である場合。建物の裏手には、壮大な庭園が広がっていることが多いのだ。
芝生が敷き詰められていると思えば、トピアリーが飾られ、花が一面に咲いていたり。
巨大な噴水はこんこんと水を噴き上げ、優雅な彫刻があちこちに配置されているような庭がある――というパターンだ。間違いなくこの宮殿もそんな造りだと思う。
「でもあまりにも豪華だと緊張しちゃうから、これでいいかも!」
ピアがこっそり私にささやくが、これまたはずれだった。
馬車がエントランスに到着し、今日のお世話係となるメイドと従者、バトラーに迎えられ、エントランスホールに入ると……。
「ひぇぇぇ~」
ピアがへんてこりんな声を出すので、注意するより笑ってしまう。こんな声、漫画や小説で使われるものであり、実際に出す人なんていないだろうと思ったが……。
そんなことはなかった!
ふかふかの赤絨毯が進行方向に向かって敷かれ、左右には市松模様の大理石の床。天井からは巨大なシャンデリアで、その天井には美しい模様が描かれている。
こんな場所、初めてだったピアは緊張しまくり。抱っこされているルナもまさに借りてきた猫状態で一声も発さず、おとなしくしている。
「こちらでございます」
エントランスと、その先に続く廊下を仕切るガラスの扉は、自動ドアのように開く。それは左右にドアマンがいるわけだが、ピアは「ひゃぁぁぁ」と驚いている。
廊下の天井にも等間隔で豪華なシャンデリアが吊るされ、吹き抜けの天井には窓が埋め込まれ、明り取りの役割を果たしていた。
「おつきの方はこちらの部屋で待機いただきます」
黄金の持ち手がついた、両開きの扉の前には、既にドアマンとメイドが待機している。エルとピア、ルナの世話をしてくれる人々だ。
「それではお嬢様。何かあったらいつでもお呼びください」
「ふ、フェリスお姉さん、が、がんばって!」
「みゃ、みゃ!」
エル、ピア、ルナとは一旦ここでお別れだ。
「また後でね」と伝え、二人は部屋の中へ。私はクラウスと共にバトラーの案内でさらに先へ進む。
廊下は長く、何度か曲がったり、ピアノが置かれたちょっとしたホールなどを通過することになる。
さながら迷宮に迷い込んだ気分になったところで、バトラーが立ち止まる。
「こちらのお部屋でございます」
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