第三十一話:町の散策
楽しい昼食を終えた後、待ち合わせ時間までまだ時間があったので、首都アールの町を散歩することにした。
「お嬢様、ブックストリート、なるものがありますよ」
「本当だわ。まさかさっきのレストランみたいに、道の両側にズラリ本屋、なんてこと……」
「ズラリと本屋だよ、フェリスお姉さん!」
「みゃーぉ!」
これにはもう胸がときめいてならない!
並ぶ本屋はただの本屋ではなかった。アンティーク本を扱う本屋、古書専門店、総合本屋、ロマン小説ばかり販売するお店など、実に様々。
「……一日中、この通りにいたいわ。一日では足りないかもしれない。一週間毎日通いたいわ!」
「お嬢様、落ち着いてください! 今日、ここに来たのは、汚名返上のためです。それに旅の身ですから、本を大量に持ち歩くのは無理です……!」
「ああ、そこだけが旅の身の上で悲劇的なところよね。美しい装丁の本は、自分の手元に置いておきたいのに」
「みゃぉん……」
するとピアがこんな提案をする。
「だったら汚名返上に成功したら、首都に住んじゃえばいいんじゃない!? 屋台は続けて、首都の中を巡るの。これだけ広いなら、移動しながら屋台をやる意味もあると思う。でも家もあれば、フェリスお姉さんも好きなだけ蔵書を増やせるよ」
「みゃおん!」
ルナも同意を示すように鳴き、首都アールで暮らすことを、私は考えてしまう。
時計塔広場のようなスケールの広場がいくつもあると聞いている。そこを巡って屋台をやれば、確かに旅を続けているのと変わらないかもしれない。
アルシャイン国で行ったことがない場所は、鉱山が広がる北部だけ。そこは次の夏にでも巡ることにして、冬の間は首都アールで過ごしてもいいのかもしれない。本当に悪女の汚名を返上できたなら……!
「ピアの提案、よく考えてみるわ。とても魅力的だと思う」
私の言葉にピアはエルを見て、二人は笑顔になった。それを見ると、旅をするのが楽しいが、帰るべき場所があってもいいと、二人が思っていることが伝わってくる。
「ではブックストリートは首都で定住が決まってから行きましょう。代わりにあちらの通りに行きませんか? アートストリートと言う、これまた初めて聞く通りがあるようです」
「え! もしかしてシャインさんみたいな素敵な絵描きさんがいるのかな? シャインさんにもまた会いたいなぁ」
ピアが目を輝かせ、ルナも「みゃ~ん」と同意を示すように鳴いている。
シャイン=クラウスとピアは知らない。実はその後も何度もシャインに会っていたと分かったら……きっと驚きだろう。
そんなことを思いながら、私は二人を見て答える。
「面白そうな通りだから、行ってみましょう」
そこでアートストリートに入ると、通りに並ぶのは画材屋だったり、楽器屋だったり、舞台衣装や小道具のお店なんかもある。だが目を引くのは通りにいるパフォーマーたち!
絵描きさん、バイオリンを演奏している人、歌を歌っている人もいた。
まさにアートなストリートになっており、それは見て、聞いて、感じて楽しめる。
「三人と一匹の絵はいかがですか? この場ですぐに描いて渡せますよ!」
声をかけてきたのは、肩ぐらいの長さのダークブラウンのソバージュの髪にメガネをかけ、ベレー帽をかぶった絵描きさん。服が汚れないようスモッグを着ており、私達を見てニッコリ微笑んだ。
「この場で私達のことを描いてくれるんだって!」と即ピアが反応し、「描いて欲しい!」となり、ルナも「みゃん!」と鳴いている。それを見てエルはクスクスと笑い「どうされますか、お嬢様」と尋ねるが。
反対する理由もない。それにピアはきっと、今日手に入れる絵を大切にすると思うのだ。
シャインにプレゼントされたあの絵も、幌馬車の中でしっかり飾っている。ロフトベットで寝ころんだ時に眺められるように。
「いい記念になるから、描いてもらいましょう!」
「間違いなく、記念になりますよ! ちゃんと日付も入れておきますから」
用意されている丸椅子は二つだったので、そこに私とピアが座り、後ろにエルが陣取った。ルナはピアの膝の上で大人しくしている。
「それでは描き始めます。何も話さず、表情を変えず、身動きをしない……のが基本ですが、それはしんどいと思います。私とおしゃべりしてリラックスしてください。ただ大きく動くのだけは、少しの間、我慢してください」
これには三人と一匹で「「「はーい」」」「みゃおん!」と返事をすることになる。
「三人は家族……三兄弟なんですか?」
「いえ。全員、血はつながっていないんです」
エルが答えると「そうなんですね!」と絵描きさんは驚く。驚きながらも絵描きさんの手はしっかり動いている。
手にしているのは筆で、水彩絵の具で描き始めた。つまり鉛筆による下絵は行っていない。サラサラと器用に筆を動かし、私達の姿を描いているようだ。
「右の椅子に座るのが、自分が仕えるお嬢様で、左はお嬢様の弟子です。自分は見習いで、三人で屋台をやっているんです」
「なるほど。そうだったのですね。屋台、どんな屋台なんですか?」
こんな感じでリラックスして会話をしている間に絵が仕上がった。
「こちらで完成です!」
「わあ、なんだかみんな優しい表情をしている!」
「本当ですね。見ていて心が和む絵です」
「色使いも淡い色合いで素敵ね」
「みゃぁ!」
「ちゃんとルナも描かれているよ。毛の柔らかい感じも綺麗に出ていると思う! ね、そうだよね、エルお兄さん、フェリスお姉さん!」
出来上がった絵は、鉛筆の下絵がないので、柔らかな線と色のにじみが特徴的になっていた。強い線がない分、全員の表情が柔らかい仕上がりになっている。それでも目や鼻、口、眉などは相当細い筆で描いたようで、とてもリアルな仕上がりになっている。
「気に入っていただけたでしょうか?」
「「「勿論です!」」」「みゃお!」
素敵な絵を手に入れることができた。
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