第二十六話:男前
前世での話。
スマホのメッセージアプリのスタンプで「ズキューン」というものがあり、これは何なのだろうと思った。調べたら昭和の漫画、アニメ、ドラマで人気を博した擬音語であり、強く心を持って行かれた瞬間に使うという。
そして今の私はまさにそれ!
クラウスの男前な対応に、見事にズキューンだった。
だって。
結局、クラウスは自身のテールコートを買っていない。私が無料で大変高価なドレスを手に入れ、クラウスからはとんでもない高額のネックレスとイヤリングを御礼としてプレゼントされた上に、ドレスにぴったりのパンプスまで贈られたのだ。
クラウスは私がドレスを持っていないことに気付き、まずはドレスを贈ろうと考えてくれたのではないか。だがどんなドレスがいいのか。それこそ分からないだろう。そして偶然、あのお店の着られる人がいない最高級なのに残念なドレスの存在を知った。もしかしたら私が着られるかもしれない。もしダメなら別のドレスを贈ればいい――そう思い、あのお店へ案内することにしたのでは!?
そしてプレゼントされたネックレスとイヤリングは、星がモチーフであるため、ゲットしたドレスにも合うが、あらゆるドレスに合うと思うのだ。なにせ使われている宝石がダイヤモンドだから! どんなドレスのデザイン、色でもいける。
そう考えるとクラウスは、舞踏会へ私を誘った手前、ドレス、宝飾品、靴。この一式は最初からちゃんとプレゼントする気だったのではないかということ。
しかも「買ってやるよ」オーラが全開なわけではない。さりげなく、実にスマートに宝飾品と靴を贈ってくれたと思う。
とはいえ。
あのネックレスとイヤリングはとんでもない金額だ。クラウスのことは男爵家の三男坊なんて思っていたが。そうではないのかもしれない。
侯爵家……まさか公爵家の人間だったりする!?
ともかくクラウスにはこの先一生、屋台のラーメンは無料で食べていただかないといけない。例え毎日無料で食べてもらっても、とてもあの宝飾品の値段には及ばないと思うけど……。
こうしてクラウスのおかげで、舞踏会のドレスで悩むことはなくなった。
「舞踏会は王都で今日から一週間後の開催となる。フェリスは転移魔法を使えるから、王都へ向け幌馬車で出発する必要はないだろう?」
ドレスの入った大きな箱を持ったクラウスと共にお店を出ると、彼は私に尋ねた。
「それはそうですね」
「ではこれが転移先の情報だ。首都に入るための門は東西南北にある。門を通過せず、首都へ入ることはできない。障壁魔法も展開されているから、転移魔法は無効。門を通るのは必須になる。それを踏まえ、これは東の門と王都の中心部にある時計塔広場の地図とスケッチ。あとは東の門の通行許可書だ。ドレスと靴は俺の方で預かっておく。当日はティータイムに時計塔広場で合流しよう。迎えに行く。そして休憩をして着替えをし、舞踏会の会場へ向かおうか。準備を手伝うメイドはこちらで用意しておく」
そこでクラウスは四枚の紙を渡してくれる。
その紙に描かれている、東の門、時計塔広場の木炭デッサンは、どちらもとてもリアルで陰影が秀逸。
そうか。クラウスはシャインとして私達の前に登場したことがある。芸術のセンスもあるのね。
ゼノビアの護衛なんてせずとも、クラウスであれば好きな道で生きて行けるのではないか。
なりたい自分になれる。どんな人生だって、彼なら歩めるのでは?
しかしすぐに気付く。
彼はこれだけいろいろなことを器用にできるのに、鳥かごの中の鳥なのではないかと。特級魔法の使い手であることから、自由に生きることがままならない。ゼノビアの護衛でいるからこそ、まだ自由に動ける。
もしそうしていなかったら、首都アールから離れられず、国からの庇護という名の元、軟禁状態になる可能性もあるのでは?
「フェリス。どうかしたか?」
心配そうに尋ねるクラウスには「何でもないです」と答えてから尋ねる。
「あの、当日はエルやピアを連れて行ってもいいでしょうか? その舞踏会の会場へ入ることができなくてもいいので……」
「君がそうすることを望むなら、そうすればいい。舞踏会の会場にはさすがに子供は入れないが、エルは護衛として、入場可能だが」
確かに舞踏会は大人のための社交場。ピアが参加できないのは当然だった。ではそこでエルだけが私の護衛で同行するのは……。チラッとエルを見る。
「クラウスさん、ピアと自分の同行を許してくださり、ありがとうございます。自分だけがお嬢様について舞踏会の会場へ入ると、ピアが一人になってしまう。もしも誰か大人をピアにつけてくださっても、それはピアにとって他人です。初めて行く王都に緊張もある中、知らない大人がそばにいるでは、ピアが不安でしょう。ピアは大人びた子なので口では『平気だよ、フェリスお姉さん、エルお兄さん』と言うと思いますが、本音は違うはず。自分は会場の中まで入ることはしません」
そこで深々と呼吸をした後、エルはクラウスに告げる。
「大切なお嬢様をクラウスさんにお任せするんです。……きっちり、するべきことはしてください」
つまりは私の悪女の汚名を返上する件、よろしくお願いします、ということだ。
そこでクラウスとエルの視線が交錯した。
だがすぐにクラウスは口元に微笑を浮かべる。
「もちろんだ。そのために多くの労力を費やした。そこは任せて欲しい」
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